やっぱりお兄ちゃん面倒臭い

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やっぱりお兄ちゃん面倒臭い

影山と巨神像はかつてないレベルでシンクロしていた。足元には兄弟神のハードゲイの先兵の群れがあった。鬱屈したままパートナーに見向きもされず死んでいった男達の哀れな代表()は、簡単に男という極めて生産的とは言い兼ねるパートナーを得て満ち足りたゲイという存在とは完全に似て非なるものだった。特に褌が嫌いだった。兄神ブリューオイステルは。 兄弟といえど袂を分かった存在との間の溝はどこまでも深かった。 影山さんは、群がる生理的嫌悪を踏み散らしながら涼白さんの姿を追い求めていた。 闘え!ゲイは敵だ。ムキムキマッチョな褌共に死と破壊を! いや待て。俺は涼白のパンティーを守るんだ。そうだろう?神よ。 ベッドに寝転んで両手を広げて伸ばす涼白のおっぱい。桜色に染まった肩から腰まで、ずり降ろされて膝で丸まったパンティー、フワフワの白い毛は扇情的にTゾーンの上で男を!風間の馬鹿を誘っていてーー。 ぶっ!ぶばああああああああああ! 通常の人類ならとっくに体に異常をきたす出血量だった。鼻血噴水と化した影山さんは、思念波を送り続けた。 闘え!残念な男よ!ゲイを滅ぼすのだ! 知るかあああああああああ!割り込むな!涼白!大丈夫か?!ああああ邪魔だあああああ!!割り込むな童貞神!お兄ちゃんはおまえが大好きだぞおおおおおおおおおお!! え?お兄ちゃん? 涼白の思念波がようやく通じた。 涼白!アリオト!大丈夫か?!お兄ちゃんが守ってやる!特に風間は許さん!アリオトのメスの匂いに欲情するなど許せるものか!アリオトのパンティーは俺が守る!そうだろうアリオト! 影山さんはどこまでも迷走していた。 違うの!ミザール!静也君は! 何は違うというんだ?!さっき電話で確認した!フォックスグランドホテルを予約したそうだな?!お兄ちゃんは許さんぞ!お前にはまだ早い!アリオトが妊娠など!奴は、風間は真面目そうに見えて裏ではそればかりだ! ひ!ひぎゃああああああああああ!お兄ちゃんのエッチ!スケベ!静也くんはそんなんじゃないんだから!私に親切にしてくれた。私を思ってくれた。でもそれは同じだからよ。静也君も親に辛く当たられた。静也君は、子供に幸せになってもらいたいだけよ。母親のおっぱいを飲んで育ちたかったのよ。 おっぱい。涼白のプックラおっぱい。 風間あああああああああ!!お前はあああああああああ!!! 巨神像は周囲を破壊した。客の逃げた観覧車がポッキリ折れた。 だから違うんだって!私解ったのよ!静也君は、やっぱり紀子ちゃんがーー。 影山は己を見失っていた。 田所紀子だと?!百鬼姫のおっぱいまで狙っているのか?!やかましいブリューオイステル!引っ込んでいろ!俺はお兄ちゃんとしてアリオトを守らねばならんのだ!アリオトが妊娠出産したら俺はおじちゃんになるのか?!父親は?!俺の知らないアリオトの!ええと!可愛い猫ちゃんを知っているのは誰だ?!お前のことなど知るかあああああああああ!!ゲイが憎いというより弟が憎いんだろう!仲良くしろお前はあああああああああ!!! お兄ちゃん!おじちゃん怖あああああああい! 涼白の恐怖の悲鳴が影山を完全に支配した。 涼白は、一際マッチョな褌に迫られつつあった。 お前かあああああああああああああ!!! 影山さんは巨神像から解放され、一匹のヤモリになって偏執的なマッチョに襲いかかっていた。 「大丈夫かアリオト!お兄ちゃんが助けに来たぞ!アリオトの貞操はお兄ちゃんが何があっての守ってやるのだあああああああああああああ!!」 ああ。涼白さんは天を仰いだ。 お兄ちゃん面倒臭い。 影山さんは聞かなかったことにした。黒ヤモリと白トカゲ、兄妹は、無数に沸くゲイと、巨大な童貞目がけてアルコルを振りかざしたのだった。 裏切るのか?!黒い童貞よ!私に傅け!共にゲイを滅ぼすのだ! 兄神ブリューオイステルの声が聞こえていた。 アリオトの、可愛い可愛い妹が泣いている!怯えている!貴様を破壊する理由はそれで十分だ!何人いようと、どれだけ巨大だろうと、アルコルは貴様達を打ち砕く! 影山さんは跳躍した。足元にはさっきボコボコにしたチンピラが転がっていた。 俺のアルコル。俺の体内から生まれた半身、そうだ。お前は俺の弟だ。 お姉ちゃんを守りたいのだろう?力を見せろ!アルコル! 歪なメイスは赤い光を放ち、それはさながら影山さんの血にも似ていたが、強く強く光り輝いた。 涼白を守りたい気持ちを体現するかのように。 巨神像の頭が見えた。 ブリューオイステル。お前が何がしたいのかさっぱり解らんが、涼白に敵意を向けたお前を許してはおけない。 消えろ童貞!粉々に粉砕されろ! 打ち砕かれた巨神像は、最後に呪詛を飛ばして土に帰っていった。 愚かな。まーんを夢見る童貞のまま死んでいけ。 ああ構わん。涼白の幸せの為なら、俺は喜んで、まーん? 童貞のまま死んでいこう。いや。 釈然としない気持ちを影山さんは抱えていた。 「公園無茶苦茶になったわね。まあ不幸な事故って奴ね」 「うん。回避不能な事柄もあるのよさ。誰の所為でもないのよさ」 物凄い無責任なのは父親譲りか。 涼白は小さな子供達と言葉を交わし、妹お嬢様とも言葉を交わしていた。 影山さんが背を向けて隠れようとした時、背中におっぱいが押し付けられた。 「あ、アリオト」 「もうアリオトじゃないもん!涼白だもん!お兄ちゃん、名前つけて」 影山さんは背中に当たったおっぱいの感触が忘れられなかった。 「尻尾ブルブルさせてないで早く答えろだわさ」 「迂闊な名前つけるなシスコン。影山嫁子とか名付けたら斬獲だ」 「ちょ、ちょっと待て!本当にいいのか?涼白」 名づけるのか。また、お前の名前を。 「うん。可愛い名前にしてね。影山さん」 少し考えて、影山さんは言った。 「氷花(ひょうか)。残暑の曇天に咲く、美しい氷の芸術。実は、ずっと前からーーな」 ずっと思っていた。氷の女王には、この名が相応しい。今でも思い出す。初めて彼女がくれたものは、拾った小さな植木鉢に咲かせた一輪の氷の花だった。 「ありがとう。黒男お兄ちゃん。ずっと側にいて」 黒男? 「え?あ?おお」 戸惑いながら影山さんは頷いた。 「ついでにお前の名前も決まった。タナボタで。帰るぞ黒男」 兄貴の方はどこまでも雑だった。これは、つまりトカゲとヤモリ兄妹の、とりわけ、面倒臭いシスコン兄貴の物語だった。 そうか。俺は影山黒男になったのか。そうだな氷花。 黒男は、氷花の手を取り、お嬢様の前を歩いていった。 まだ溶けていない氷が冷たい風を起こしていたが、繋いだ妹の手は、ほんわかと暖かく、影山さんの心を満たしていった。 今日はどっと疲れた。ご主人夫妻は今もぐっすり寝ているらしい。よくあることだとメイド長は言っていた。一般常識では有り得ない行動を取るのが、勘解由小路降魔夫妻だった。 勘解由小路専属執事の三田村氏がいたので、影山さんは自室に戻ろうとしていた。 目の前を、パンツ一丁の幼児が走っていった。 次いで、首にタオルを巻いた涼白が走ってきた。彼女は、パンティーしか履いていなかった。 白く透き通るような涼白さんの裸体が目に焼き付いていた。 「莉里様!ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますよ!あ、影山さん、莉里様を見なかった?」 「す、すす、すすすすっぽん、いや。向こうに」 「そう。ありがとう影山さん。おやすみなさいお兄ちゃん」 「ああ。おやすみ」 いつからだろうか。すっぽんぽんの妹をまともに直視出来なくなったのは。 真っ白な肌の先端にプックラ膨らんだピンク色。そう。ピンク色。 今日は全く寝られそうになかった。 気がつくと碧がいた。 「あ、お嬢様」 「涼白のおっぱいがそんなに気になるのか?確かに年の割りには大きいし形が何よりいい。ママほどじゃないけど。パパがママにメロメロでよかったな。涼白は私の弟か妹を産むかもしれなかったな」 寝る前に何て話をする。 「涼白は子供の頃からお前に育てられた。まさに光源氏だ。逆に問おう、何故涼白を抱かなかった?お前の女にしてしまえば早かったろうに」 影山自身感じていた。どうしてそうしなかったのか。母は涼白の所有権を影山に譲渡したというのに。 だが、それこそが、影山が涼白に手を出さなかった最大の理由だった。 涼白の意思を一切無視して、一方的に関係を結んだ先にあるのは、涼白の幸せなどではない。 俺は涼白の兄であり、年上の男ではあるが、オスではない。オスにはなりたくなかった。 影山は最後の一線で、人としての分を守ったのだ。 可愛い妹に獣性を見せたくはなかったのだ。 そんな影山の心を見透かしたように碧は言った。 「ふうん。頼り甲斐のある兄貴でいたかったのね。あんたは人間で、爬虫類じゃない。爬虫類じゃ普通だものね。横からおっぱいかっ攫われようと、涼白の兄貴でいたいなんてカッコいいじゃん。影山、あんたはいい男じゃんか。ちょっとしゃがめお前」 ん?何気なく膝を落とした影山は、そのまま固まった。 碧の青く輝く魔眼が、影山を凍りつかせた。 「まあ。私の周りにはいい女しかいない。パパがそう言う女を引き寄せてるからな。だから、病的なシスコンだがいいだろう。私が貰ってやろう。影山、私の執事はお前だ」 影山の唇に、碧の唇が重なった。 「最初(ファーストキス)は流紫降だけどいいか。家族以外じゃお前だけだ。私が16になった時、まだ涼白が妊娠してないことを祈れ影山。その時は私がお前の子を産んでやろう。文句あるか?」 小学校二年生、八つの娘に言われても。 「私を守れる執事になってみせろ。今じゃ私に勝てんだろう。強さは必須だ影山」 「あ、ああ。理解した。母よ」 影山は頭をピシャリと叩かれた。
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