菊花繚乱公園

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菊花繚乱公園

真帆は興味深そうに棚に平積みにされた薄い本を見つめ、偶に片手で扱えるb5のスケッチブックに鉛筆を走らせていた。 「こんな感じかな?流紫降君。ちょっとポーズ取ってみて」 「あの、真帆ちゃん。普段は風景画ばかりなのに」 「モデルがいれば人物も描いてみたいのよ。流紫降君が背後から抱きしめられて恍惚の表情を浮かべるのとか。ああこの本みたい。骨格のデザインが甘いけど」 いやそうじゃなくて。何故僕がエロい顔しなきゃいけないの? 僕がいいなって思ってるのは。 ああうるさいなあの後ろ向きなカップル。隅に置かれた何かの像がそんなに気になるの? あれ?この霊気は?あれってーー多分。 「ねえ真帆ちゃん。ちょっと綺麗な景色みにいかない?きっと楽しいよ。今日曇ってるけど」 「うん。別にいいよ。開放的な空間にポツンと立つ流紫降君の裸体を書いてみたいの。どこまで脱げる?」 え?ヌード前提?しかも僕が?下着は男物のボクサーパンツだけど、それでもいいの? 「駅前の下着屋さんで可愛いパンツ売ってるかな?」 真帆ちゃんに言われればするけど、絶対やりたくはなかった。 臨海公園の広い空間で、流紫降は肌を晒していた。 女性物のパンツはどうしても履けなかった。何とか誤魔化したのだった。 ワンピースの肩をはだけさせた流紫降は、流し目で真帆を見つめていた。 「もうちょっと恥じらって。流紫降君。あ、すれ違ったおじさんがぎょっとした顔して見てた」 「僕が女の子だと思ったんだよ。やめてよ真帆ちゃん」 「いいわよー。流紫降君赤くなってる女の子っぽくて色っぽいよ。肩甲骨が凄くいい。もうちょっと出して。あー、流紫降君綺麗な背中。全部出しちゃって」 「全部脱いだら前見えちゃうよ」 「性別を超えてエロい背中っていいわね」 全然普通に流紫降にエロさを要求する真帆に、流紫降は圧倒されていた。 真帆は、生まれて初めて出会った可愛い人間の女の子だった。 流紫降の周囲には美女が溢れていたが、全員が妖魅だった。妖魅のおっぱいを吸って流紫降は大きくなっていったのだった。 真帆はおっぱいをすり寄せない健全な女の子で、流紫降の顔を見ても、きゃーきゃー言わなかったのはとても大きい。 家族のほとんどが流紫降を男の娘扱いしているが、性的においては全く正常な男性であり、当然ながら可愛い女の子と近づきたかった。 生まれた時から美しい母親や双子の姉、妹とは違う可愛い女の子。 真帆の存在は、今の流紫降にとってかけがえのない気になる女の子だった。 なので、流紫降はちょっと様子見でこう言ってみた。 「人物画なら、真帆ちゃん。自画像を描いてみたら?」 真帆は巧緻な写実派の絵画が特徴で、一度書き始めると完成するまで動かなくなるのだった。 真帆はあっさり応えた。キャンバスを睨みながら。 「興味ないもの。ちっちゃいママ書くだけで終わっちゃうし。ママは嫌がるのよね。不細工に描くからって。見たままリアルに描いてるだけだし」 「僕はそうは思わないよ。真帆ちゃん可愛いから」 「ふーん。退屈な眼鏡女でしょ?降魔おじさんなんか未だに子眼鏡って言うし。真帆坊って何よ」 「父さんはそう言う人だよ。志保おばさんも未だに眼鏡とかおっぱい眼鏡とか言うし。でも、この間ドイツに行く前から父さんは志保おばさんを凄い人だと思ってるよ。真帆ちゃんを真帆坊って呼ぶのも親しみの表れだと思う。興味がない人は名前自体覚えようとしないもの。父さんは知ってるんだよ。真帆ちゃんの存在が、大事なものだってことを」 「大事って何が?流紫降君座って。背中全体見せて」 既に立像はスケッチが終わったらしく、今度はポーズを変えたいらしい。流紫降は言われた通り座って背中を丸出しにした。 「あ。パンツ脱いで。お尻が見えないとか残念すぎる」 「真帆ちゃんと雖も流石にそれは。こんなの、ただのグラビア撮影じゃないか」 「うん。簡単なスケッチだし。暇つぶしに協力してくれてありがとう。ここまでしてくれるなんて、流紫降君は最高の友達よ。またドラゴン連れてきてね」 「ドイツに帰っちゃったよ。これでいい?」 「うん。半ケツ見えたんで満足。もうちょっと大きくなったら前でこれやってね。像さんギリギリラインで攻め込みたいのよ。発達した腹筋からはみ出す毛。ちょっとゾクゾクする」 ああ。ちょっと見せられないねこの格好。胸にワンピースを当てていて、如何にも事後の空気があった。 僕は絵を描かないけど、これが真帆ちゃんなら。 眉一つ動かさないだろうな。デッサンに使えると思ったら平然と全裸になる子だし。 このどこまでもアバンギャルドな眼鏡美少女を、流紫降はぼんやり流し目で見つめていた。 本人はそう言っていたが、流紫降から見れば真帆はとても可愛い女の子だし。向こうではライルが褌に飲まれて突っ込んでいくし、向こうでは影山さんが叫びながら巨大な石像とともに突撃かましているし。 「ねえ、真帆ちゃん。逃げなくていいの?何だか騒がしいね」 「そう?今いいところなの。あー。流紫降君腰のライン綺麗ね。この座った状態で見返っている腰椎から脊椎のねじれといい、連動している腹斜筋もいいわ。流紫降君、お金持ちの愛人ってなったことある?ベッドに行こうとすると突然背後から抱きすくめられてベッドに手をかけた状態でお尻を上げさせられて。捲られたパンツから見える蒙古斑は凄くそそられる。千人単位の社員を率いる耽美なイケメン社長はどこまでも泰然としてネクタイをシュルッと外しながら流紫降君の未成熟な腰を掴んで。ここにきてはっきり言えるわ。第二次性徴を迎えてない少年と少女に明確な違いはないって」 やっぱり志保おばさんの娘だね。小学二年生でこの文学センス。状況描写は写実的だけど対象とは距離があって。って違うよ!僕はおじさんの慰み者になる気ないし! 「それで握らされたクラリネットからは掠れた艶声が細く聞こえて。そしてああ、一際高く響く笛の音と共に、とうとう誰も手を出してない流紫降君の清らかな菊花は荒々しく摘み取られて行ったのよ!」 「眼鏡が光っちゃってるよ真帆ちゃん!君は腐ってないけどスタンスはどう考えても作り手のそれだよ!そしてああ!誰?!僕を見ているね?!君は?!ああそうか!僕は違うよ!僕はそっちじゃないよ!着ないよそんなの!スク水なんか!」 「何を混乱してるの?流紫降君」 「運がいいね真帆ちゃん!君のエキセントリックさに救われたよ!褌マッチョの神は君を完全にスルーしてる!温かく見守られてるよ!僕の貞操の行く末をドキドキワクワクしながら見てるよ!あっちへ行け!」 ついに我慢が限界を迎えて流紫降は一喝した。 「ああ。何か騒いでた金髪の怖い人はメリメリって引き剥がされて、黒い執事服着た人に殴られてるね。リザードマンっぽい人ね。尻馬に乗ったお兄ちゃんとお姉ちゃんが便乗してボコボコにされてるね。ああ凄くいい絵」 流紫降から視線を外してスケッチブックをめくった。アルコルハンマーを振り回す影山さんが巨像に殴りかかる絵が、猛烈な速さで描き上げられていった。 本気モードに入った真帆にとって、エロポーズ取らされた流紫降などおやつみたいなもので、本当に描きたいものが現れた今、すぐ目の前で誰がどうなろうと知ったことではなく、そもそも目に入っていなかった。 流紫降は、魂の抜けた顔でワラワラと湧いては殴り飛ばされ真っ平らになった褌神の先兵を、ぼんやりと見つめていたのだった。
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