アルビノメイドは名前を欲する

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アルビノメイドは名前を欲する

 涼白は、勘解由小路家のメイドで、娘の莉里の保護者でもあったが、元々はゾーイ・エバンスの娘として生まれた。 胎生で産み落とされた彼女は、生まれてすぐ放逐され、コンクリートの床を這い、生まれてすぐに妖虫を食べて大きくなっていった。 人間であるが爬虫類でもあった彼女は、自分を抱きしめる温もりを感じていた。抱きしめたのは、兄のミザールだった。 素っ裸だった赤ん坊はアリオトと名付けられた。 他の誰かが殺した人間の服の端切れを巻いたアリオトは、闇の中で人間らしい生き方を学んだ。 ある日ミザールが持ってきたものがあった。 甘い、いい匂いがした。廃棄されたシュークリームだと知ったのはもう少し経ってからだった。 砂糖と卵が程よく練り合わされたクリームが口いっぱいに広がった。 気がつけばミザールの分も食べてしまっていたが、ミザールはにっこり微笑んでいた。 兄のいない生活など有り得なかった。ミザールは力強い庇護者だった。 アリオトが性的に成熟してくると、他の兄弟は勿論多くの下の一族が、アリオトの腹を求めてオスの獣性を剥き出しにしてきたが、その全てをミザールは追い散らした。  鬼気迫る表情で。妹を守る為に。  ミザールは当たり前だと言っていたが、アリオトにとっては奇異に見えた。 強いオスの子供を産むのは当然に思えた。一番強いオスに、ミザールがなりたがっているのが解った。 ある日、アリオト達が住む根城に、人間達がやってきた。 アリオトを殺しにきたらしい。 殺される訳にはいかない。生物には生存欲求がある。それも狂おしいほどの。 自らを守る為に、アリオトは侵入者達に立ち向かっていった。  何の意味もなかった。鎧袖一触何もかも真っ平らにされたのだった。  アリオトとミザールを庇ったのは小さな娘だった。  命を救われたアリオトは、メイドとして今、勘解由小路家に仕えている。  柔らかな光に包まれるような暮らしを送っている。  自分に抱きつくとても小さな可愛い娘の温もりが、アリオトの胸を満たしていった。 今、アリオトは涼白の名前で呼ばれていた。 涼白さんは、キョトンと目の前のものを見つめていた。 「食べたそうな顔していたのよさ。涼白さん頑張ってるからご褒美なのよさ」 涼白の口から涎が垂れかけた。甘い匂いがする。   震える手で、涼白は小さなスプーンを取り、大きなシュークリームのクリームを掬った。 「んんんんんんんん!美味しいー!」 「泣くほど嬉しいのよさ?まあよかったのよさ」 「凄きゅ美味ちいのでちゅ!莉里様!」  言語というか語尾が揺れたのは習性のようなものだった。奥様もよく出ていた。 「美味しいなら何よりなのよさ。こないだの文化祭は大変だったのよさ。パパがお詫びに何がいいかって言うから、そう言えば涼白さんスイーツの店のショーウィンドウ穴が空くほど見つめながら涎垂らしてたのを思い出したのよさ。三田村さん謹製の至高のシュークリームなのよさ。最高級の卵に牛乳、砂糖が織り成す夢の一品なのよさ」 「うえ?!見ていたんですね」 確かにやった覚えがあった。 美味しい食べ物を前にすると、何というか爬虫類っぽくなるのだった。尻尾が出ていればピロピロさせていただろう。 「ねえ涼白さん。別にシュークリームはいいとして、何か欲しいものはないのよさ?」 「ーーえ?」 もうシュークリームはなかった。美味しく食べてしまっていた。 「涼白さんは莉里にとって特別なのよさ。うちは福利厚生が充実してて、涼白さんだって結構高給取りなのよさ。貰ったお金は大切に使うのよさ」 確かに、涼白という印鑑を作り、銀行の通帳も持っている。どうやったのか戸籍すらあった。涼白は現住所東京都渋谷区道玄坂勘解由小路と書かれている。 恐ろしいことにメイド長の鳴神からしてそうらしい。 「涼白さんの権利はうちが全力で守るのよさ。安心して、ちょっと欲かいてみるのよさ。涼白さん、何が欲しいのよさ?」 私が欲しいもの。それはーー。 「名前。名前が欲しいです。学校で、みんな苗字以外に名前があります。田所紀子ちゃんみたいな、可愛い名前が欲しいです。テストにも、涼白としか書いていないんです。もしいただけるなら、名前が」 「解ったのよさ!涼白さんの為に、最高に可愛い名前考えるのよさ!」 莉里は勢いよく立ち上がった。
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