大好きなのは

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

大好きなのは

ゲイを着ぐるみのように纏った、正確には飲み込まれていたライルは、巨神像を仰ぎ見たのだった。 「あんなでっけえのどうすんだ?!カリバーン!カリバーン!ホントどこいっちゃったのおおおおおおおお?!」 「お前の剣などない。果敢に立ち向かうのだ!必勝の精神は無限だ!絶え間ない心で立ち向かうのだ!」 「てめえは敗戦間際の日本兵かあああああああああああああ?!」 「おいチンピラ!アリオトの危機だ!かくなる上は巨神像もハードゲイ妖魅も倒すぞ!手を貸せチンピラ!」 「うるせえよヤモリ!元はと言えばてめえが巨神像目覚めさせたんだろうが!あとチンピラ言うな!ライルさんと呼べ!」 ハードゲイ妖魅達がバタバタと倒れていった。 現れた(ジャスパー)は、ルビーアイを輝かせていた。 「斬獲か?斬獲するのか?ならばよし!莉里!お前も来い!」 ハードゲイ妖魅達を炎上させた莉里もやって来た。滅魂の鬼火を巻き起こし、銀目銀毛九尾の妖狐が、その姿を現した。 「オッケー姉ちゃん。払底!いくのよさ!」 ハードゲイ妖魅を焼き切り裂いて、田所紀子と百鬼丸がその身を表した。 「何人いようが構わないわ。全部焼き殺す。静也!行くわよ!」 「承知だ紀子。お前の列の先頭に立つのは俺だ」  風を巻いて、静也は現れた。 「涼白さん。一般人を守ってやってくれ。君にしか出来ない」 心優しいアルビノ少女は、小さな妹を庇い抱きしめながら、静也の力強い背中を見つめていた。 祓魔官達は、無数の妖魅に立ち向かっていったのだった。 影山が大きく跳躍し、巨神像の頭にアルコルハンマーを叩きつけ、粉々に砕いたのが、戦闘終了の合図だった。 眼前にはどこまでも破壊された海浜公園が広がっていた。  ポッキリへし折れた観覧車は妙にシンボリックで、すぐ近くにある大規模レジャーランドに敗北したように、誰もが感じていた。綺麗な城は余計にその感情を想起するに至った。 要するに、アメリカには勝てない。 「公園無茶苦茶になったわね。まあ不幸な事故って奴ね」 「うん。回避不能な事柄もあるのよさ。誰の所為でもないのよさ」  全くもって無責任な子供達の姿があった。  ちなみにライルとユーリは妖魅から引き出され、ドサクサに紛れてボコボコにされていた。 「降って湧いた災難だったな。ところで、涼白さんは?」 涼白さんは、幼い兄妹と向かい合っていた。 涼白さんは俯いていた。盛大に妖変異して、影山さんと暴れて回ったのだった。 人間形態を見せていた涼白さんは、面と向かって恐れられることを何よりも恐れていた。特に幼い子供に怯えられるのは、何よりも辛かった。 「あ、ああ、ああああの」  上ずった声を遮るように、妹は言った。 「お姉ちゃん、ありがとう!凄く綺麗だったよ!」 「ーーえ?」 「私も、お姉ちゃんみたいになりたい!」 「うん。凄かったよ。カッコよかった!姉ちゃんて祓魔官?!凄えー!」 涼白さんの目から、一筋涙が流れた。 守りたい小さな命を守ることが出来たのだった。 「子供助けられた挙句ウェルカムで迎えられてよかったのよさ」 「きゃあああ!お兄ちゃんぷいきゃーがいたよ!凄おおおおおおい!私ぷいきゃーになりたいの!」 え?涼白さんの涙が引っ込んで行った。 大きくなったら私になりたいんじゃないの? 子供って。 子供の移り気に翻弄された涼白さんの頭を撫でて莉里は言った。 「何はともあれ解決したのよさ。それで、改めて涼白さんの名前を募集するのよさ。涼白さん、誰に名付けて欲しいのよさ?」 「そもそもそれじゃん。誰が大事か。誰に名前を欲しいのかを最初にはっきりさせればよかったのよ。誰が大事?」 気がつけばいつもいた。ずっといるだろう。これからも。 ちょっと面倒臭いけど。涼白さんは、コソコソと背を向けていた大好きな兄にしがみついた。 「あ、アリオト」 「もうアリオトじゃないもん!涼白だもん!お兄ちゃん、名前つけて」 「尻尾ブルブルさせてないで早く答えろだわさ」 「迂闊な名前つけるなシスコン。影山嫁子とか名付けたら斬獲だ」 「ちょ、ちょっと待て!本当にいいのか?涼白」 「うん。可愛い名前にしてね。影山さん」 少し考えて、影山さんは言った。 「氷花(ひょうか)。残暑の曇天に咲く、美しい氷の芸術。実は、ずっと前からーーな」 涼白氷花それが私の名前。爬虫類でもあるが、人間でもある私の、私だけの名前。 涼白氷花は、嬉しそうに頷いた。 「ありがとう。黒男お兄ちゃん。ずっと側にいて」 「え?あ?おお」 「ついでにお前の名前も決まった。タナボタで。帰るぞ黒男」 兄貴の方はどこまでも雑だった。これは、つまりトカゲとヤモリ兄妹の物語。 お互いの気持ちを確認し合い、手を繋いで二人は歩き出した。 「氷全然溶けてないけど。氷漬けハードゲイも」  残された紀子はそう呟いた。公園は酷い有り様だった。  風呂上がりの莉里がパンツ一丁で走り回り、同じような格好の涼白は、莉里を追いかけていった。 「莉里様!ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますよ!あ、影山さん」 白いパンツを履いた涼白さんはばったり会った執事に声をかけた。 白く透き通るような涼白さんの裸体が目に焼き付いていた。 「影山さん、莉里様を見なかった?」 「す、すす、すすすすっぽん、いや。向こうに」 「そう。ありがとう影山さん。おやすみなさいお兄ちゃん」 「ああ。おやすみ」 いつからだろうか。すっぽんぽんの妹をまともに直視出来なくなったのは。 真っ白な肌の先端にプックラ膨らんだピンク色。そう。ピンク色。 今日は全く寝られそうになかった。 「あー。今日は無駄に疲れたのよさ。姉ちゃんは無自覚に霊災引き起こすし」  椅子に座った莉里の髪をドライヤーで乾かしながら、涼白さんは今日の素敵な思い出に浸っていた。 それでも、やっぱり静也君は素敵だな。 赤ちゃん。お乳。 あぎゃあああああああああああ! 「眠くなってきたのよさ。涼白さん、ベッドに行くのよさ」 「はいお嬢様」 ベッドに寝た涼白さんの胸に顔を埋めた。 「あああああああ。女でよかったのよさ。涼白さんのおっぱいを感じながら眠るの天国すぎるのよさ」 「今日は絵本はいいんですか?可愛い莉里様」 「うにゅう。涼白さんは絶対、莉里が、守る、の、よーーさ」 眠ってしまった。可愛い莉里様。 私を綺麗と言った静也君は勿論特別だけど、私を庇ってくれた莉里様。 この恩にどう報いよう。兎に角、私も大好きです。誰が大好きって、静也君でも兄でもない。莉里様が大好きです。 胸にすやすやと寝息を感じて、涼白さんは莉里を抱きしめた。  朗らかな幸せに囲まれて、涼白氷花は眠りについていった。深く。深く。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!