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小さな蛇姫は執事と踊る
ミザールは、ゾーイ・エバンスによって生み出された八人の兄弟の中で、最初に生まれた個体だった。
産み落とされた後、母親は自身から興味を失っていたらしい。放ったらかされてミザールは育っていった。
他の兄弟が殺した人間の衣服を着ていたミザールは、ある日、赤ん坊の泣き声を聞いた。
妹だった。ミザールは妹をアリオトと名づけた。
コンクリートの地面を這い回る赤ん坊が、歩き出したのを機に、ミザールはアリオトに服を着せた。
アリオトはウォータードラゴン系の半水棲の樹上種のトカゲと思われたが、全く珍しい完全なアルビノだった。
普通のアルビノは色素欠乏により、白と言うよりも、日本人的に言うと肌色の個体だったが、アリオトは更に白いブリザードと呼ばれる品種だった。
ミザールとは真逆の存在、とりわけウォータードラゴンは昼行性爬虫類だった。
夜行性のミザールと異なり、アリオトは陽光を必要とした。ミザールは、細心の注意を払ってアリオトを育てることに決めた。
ただでさえ白く目立つ個体は、多種族の食性を大いに刺激した。
ミザールは、アリオトを守る為、子供の時から殺戮と流血に塗れた。
アリオトは、更にユニークな性質を見せ始めた。思念波を送る、テレパシストとしての才能があった。
アリオトは臆病だが、心優しい個体だった。常にアリオトはミザールに己の感情を晒していた。アリオトの好奇心や楽観を感じるのが、いつしかミザールにとっても心踊る幸福になっていった。
まだアリオトがほんの小さい頃、アリオトの怯えた思念を感じた。
母がしたことだった。
己が子が強い戦闘力を有しているのかを確かめる。つまらない実証実験の検体にされたのだった。
相手は下の一族、母が見つけてきた雑多な爬虫類系妖魅で、今では苦もなくあしらえるが、当時のミザールにも、当然アリオトにとっても成体の爬虫類系妖魅など到底敵し得るものではなかった。相手は巨大なワニガメだった。硬い甲羅と顎、鋭い爪に尾を振り回し、餌を貪欲に求める個体だった。
辛うじて妖変異可能だったミザールは、ワニガメに立ち向かっていった。
幾度薙ぎ払われたろう。ミザールは自切した尾を飛ばして、無様に這いつくばっていた。
奇跡はそこから始まった。怯えたアリオトは、突如自分を氷で包み身を守っていた。
ウォータードラゴンが幸いしたのか、あるいはミザール共々人間性の強い個体故恒温動物であった為かも知れなかった。強い水気は、アリオトを守り、大気に充満する水分を氷に変えていたのだ。
そして、妹を守りたいミザールの祈りが形を成したのか、自切した尾から流れる血が肉が、一つの形を持ち、ミザールの前に現れたのだった。
歪であるが頑健な戦槌を握りしめ、ミザールはワニガメの甲羅を破壊し、ワニガメの頭蓋を粉々に打ち砕いていた。
ワニガメの死に怯えるアリオトをよそに、母は興味深そうにミザールとメイスを見つめて言った。
「面白いわね。私が邪眼持ちだからかしら。メドーサの血からペガサスが生まれたように、貴方の血からこれは生まれたのね。ミザールと言ったわね?だったら、それをアルコルと名づけなさい。北斗七星で唯一連星を持つ貴方にはふさわしいわ。人間が類人猿から人類になった最大の要因は、道具を使うことだった。貴方は進化の可能性を秘めている。ああ、そのアルビノは好きになさい。生殖はまた進化だもの。進化の先に人類は生殖行動を隠し憚ってきた。故に人類は自ら滅ぼうとしている。貴方は、進化の可能性を私に告げるサンプルの一つだもの」
こうして、ミザールはアルコルハンマーと共に、アリオトの所有権を勝ち取ることになった。
ミザールは、尚も震えているアリオトに手を伸ばした。ワニガメか、或いは母に怯えているようでもあった。
アリオトは、顔を上げてミザールの手を取った。
人間としてのミザールから見ても、アリオトは、白く透き通るような、美しい娘に見えていた。
その後ミザールは一冊の本と、廃棄されたシュークリームを発見した。
キョトンとしていたアリオトが、嬉しそうにシュークリームを頬張っていて、どこまでも幸せそうな思念波を感じながら、ミザールもまた自身が微笑んでいるのを知った。
本はハイデッガーの存在と時間だった。
哲学と甘味。ミザールは成長と共にそれを追いかけた。アリオトの笑顔を守る為に。
そして、ミザールは妹諸共小さな娘に飼われることになった。
今も、涼白と名を変えたアリオトは、幸せそうな思念波を送り続けている。
ミザールは、今の名を、影山と言った。
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