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タイムラグ
──午前二時五十分。七波(ななみ)のアラームが鳴るよりも五分早く設定したおのれのスマホに起床を促され、藤枝(ふじえだ)はあくびを噛み殺しつつ二段ベッドから抜け出した。そのまま、真上から聞こえてくる規則正しい寝息に誘われるようにして、自分にはやや小ぶりに感じる階段に足を掛けるとそっとその主を盗み見る。
そうして、今夜もまた、藤枝の視線になど気付くことなく、こちらに背を向ける格好でルームメイトの七波が眠っていた。呼吸に合わせてかすかに上下する細い肩や薄い背中に手を伸ばしそうになる衝動と必死に戦いながら、藤枝はただ静かにこの五分間のタイムラグをやり過ごす。
──思えば、いつからだったのだろう。
最初は、共通の趣味である午前三時から始まるラジオ番組のために、お互い五分前にアラームを設定して、もしどちらかが起きなかった場合は先に目が覚めた方がもう一方を叩き起こす約束になっていた。そして、それはたいてい眠りが浅い藤枝の役目で、アラームの存在などあってなきがごとくこんこんと眠りこける七波を、半ば布団から振り落とすような状態でどやしつけるのが常だった。
──……ごめん、藤枝。いつもありがとう。
スマホにダウンロードしたラジオアプリを起動させながら、起きたての何ともふやけた顔で笑う七波に、別にとそっけなく応えつつもふと胸が妙な具合にざわつく。その正体が分からないままにふたり、暗闇のなかで顔をくっつけ合うようにして過ごすその一時間は、藤枝にとってほかの何ものにも代えがたい特別な時間だった。
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