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「──どうして、いつも先に起きて俺のことを見てるの?」
その刹那、自分と彼とのあいだをゆるやかに流れていた時間が止まった。ただ、答えを待つようにこちらにまっすぐに向けられた七波の瞳だけが、暗闇のなか、藤枝の意識に明確な輪郭を刻む。
「……何で……」
緊張で一気に干上がったようになった喉からかろうじて声をしぼり出すと、七波の指先が二段ベッドの向こうにある白い壁を示す。
「今夜みたいに月がきれいな夜には、あそこにね、影が映るんだ。横たわる俺自身と、……それから、そこに重なるように伸びる藤枝の影が」
影というまさかの盲点を突かれて呆然とする藤枝に、おかしいよね、と続けられた七波の声が追い打ちを掛ける。
「……っ、ごめん。でも、でも俺は──……」
慌てて言葉をたぐり寄せようとした藤枝を、しかしそのとき、自嘲にも似た吐息混じりのつぶやきが制した。
「……ううん、違う。おかしいのは俺の方。最初はね、わざと寝たふりをしていきなり飛び起きて驚かしてやろうと思ってたんだ。──でも、できなくなっちゃった」
「……どうして……?」
「……分からない? 本当に?」
理由を問うつもりが逆に訊き返されて、藤枝は今までまともに見返せなかった七波の瞳を初めてきちんと間近で覗き込む。追いつめられたような眼差しが、藤枝に答えを急かしている。──早く、お願いだから早く気付いて、と。
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