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「……嬉しかったんだ、俺」
そこから目を逸らせないまま、七波の唇から静かに紡がれる想いを一言一句逃すまいと懸命に耳を傾ける。ふたりの間にあるラジオが、今度は陽気なリクエスト曲を流すのを今は煩わしいとさえ思いながら。
「藤枝が俺を見てるって気付いた瞬間、俺、自分でもどうかしてると思うほど嬉しくて。……でも、そんな自分が怖くて分からないふりをしてた。──藤枝のことも、俺自身の気持ちも」
……ああ、そうだ。藤枝だってずっとそう思っていた。友人であるはずの七波に劣情を抱く自分はどうかしているのだと。だからこそ、そのあってはならないはずの想いに、友情という枠から大きくはみ出してしまった自らの気持ちに蓋をするために設けたのがあの五分間のタイムラグだった。この先もずっと彼の友人でい続けるために、ふたりでともに過ごす、深夜三時というこのかけがえのない特別な時間をこれからも失くさないために。
──でも、もし、ずれていると思い込んでいたふたりの想いが、実はまったく同じものだったのだとしたら。
そうして、まだためらいながらも怖々と引き寄せた七波の細い身体を抱きしめた瞬間、互い違いに鳴り響くふたつの速い心拍が藤枝の鼓膜に伝わる。けれど、それはやがて少しずつ、一定のリズムを刻む時計さながらにひとつの同じ和音を奏でる生身の楽器になる。
「──……好きだよ」
曲が終わり、ラジオがふたたび楽しげなトークを展開し始めてもなお、白い壁に映るふたつの影はずっと重なり合ったままだった。
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