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◆
向かう先は恐らく蒿雀の住むアパートだった。
ラブホにでも行くのだろうと思っていたのに、大学入学当初何度か来たことのある蒿雀のうちへ向かっていた。
まあ、ラブホはお金がかかるもんな。
ようやく、今になっていろいろなことが一気に自覚出来て、心臓がドキドキした。
大したこと無い量しか飲ん出ない筈なのに、急に足元がおぼつかない。
無理だと思った。
――グラリ
世界が反転して思わず尻もちをつく。
見下ろす、蒿雀の顔が驚愕に染まる。
何もないところで転んだんだ。驚かれて当たり前かと思うが、そういう訳ではなさそうだった。
蒿雀は、ッチ、と舌打ちをすると俺の腕を引っ張って起き上がらせるとそのまま腕を引かれて歩き出す。
小走りに近い無茶苦茶なスピードで、まるで引きずられている様だった。
「ちょっ、あ、待ってっ……。」
声をかけるのに、完全に無視をされて、そのままぐいぐいと引っ張られ蒿雀の部屋の前まで着くとそのまま、無言でドアの鍵を開ける。
異様な雰囲気に逃げたくて、逃げたくてたまらなくて思わず、一歩後ずさる。
すると、舌打ちと共に蒿雀がようやく口を開く。
「ッチ、糞狐、逃げようとしてんじゃねーよ。」
手首を掴まれて思わずビクリと震える。
だって、気が付いていなかったじゃないか。俺に向けないような表情を見せていたではないか。
何故、今、糞狐といういつもの呼ばれ方をしなくてはならないのか。
鏡が無いからわからないが、蒿雀につかまれた手首は相変わらずほっそりとした女性のもののままだ。
何を言ったらいいのか分からなくて、俯いて歯を食いしばる。
するともう一度、舌打ちが聞こえてそれから、強引に腕を引っ張られて玄関に入る。
バタンとドアが閉まる音がした。
真っ暗な室内はけれども、狐の能力を受け継ぐ俺には良く見える。
鳥の妖のはずの蒿雀は見えずらい筈なのに、俺の身動きを封じる様に手で、腕で壁際に抑えつけられる。
「何で、馬鹿狐が俺に抱かれようとしてるんだよ。」
それは嘲笑されるような言いぐさだった。
けれども、それは普段拒絶されるときの様子とは違っていて、ああ、完全に軽蔑されたと思った。
多分、これでおしまいだ。
もう多分、口もきいてもらえない。
本当は叫んで、泣き出してしまいたい。
けれど、俺の口からは、はは、という乾いた笑いが出ただけだった。
「お前が、好きなだけだよ。」
ただ、それだけだった。
それ以外にある筈がなかった。
嫌いにならないで欲しい、とか、友人でいいからそばにいて欲しいとか、言いたいことは沢山あったけれどどれも縋るものばかりで実際に言葉にできそうになかった。
――はっ……。
吐き捨てるみたいな笑い声なのか溜息なのかなんなのか分からない声が蒿雀から出て、ビクリと震える。
「なんだそれ……。」
蒿雀の声は乾いていて、酷く抑揚が無かった。
蒿雀の手は俺の首筋を撫で、それからもう一度舌打ちをした。
「それで、それが何で女の恰好して、尻振る話になるんだよ。」
「だって、蒿雀は、女が好きなんだろう?」
これ以上惨めにさせないで欲しかった。
我慢しなくては、そう思った筈なのに涙が溢れる。
「いつ俺が女が好きだって言った。
何でそんなこの世の終わりみたいな顔してるんだよ。」
そう言って蒿雀は俺を痛い位に抱きしめた。
「好きだ。俺も好きだよ。」
蒿雀は肩に顔を埋めて絞り出すように言う。
その言葉を聞いて、涙腺は壊れてしまったみたいで、馬鹿みたいに涙がこぼれる。
「だって、蒿雀のまわりはっ、女の子だらけだったじゃないか……。
それに、目もあわせてくれないし、名前だってっ……。」
我ながら恨みがましいと思った。
そんなの蒿雀の勝手なのに、責めるみたいな言い方して女々しすぎる。
「悪い。今の忘れて――」
二の句は告げられなかった。
頭を蒿雀の胸に埋める様に押し付けられたからだ。
蒿雀の匂いがして、ドキドキする。
「俺の所為だから、いいんだよ。
好きなだけ、恨み言を言え。」
蒿雀は、俺を落ち着かせるためか髪の毛をなでる。
◆
しばらくして落ち着いてようやく二人で靴を脱いで部屋で座り込む。
座り込むというか、後ろから抱き着かれたままだった。
「……本能に従うみたいで嫌だったんだよ。」
ポツリ、ポツリと蒿雀は話し始めた。
蒿雀は鳥の妖では無く、送り犬という狼の化生なのだという。
転んだ人間を襲う習性を持つ先祖らしい。
「馬鹿みたいだろ?」
見上げると、玄関の暗がりでみた時と似た自嘲気味の笑みを浮かべながら蒿雀は言った。
首を横に振ると、蒿雀はくしゃくしゃに顔をゆがめて笑った。
「お前を多分好きになったのも、それから今日、お前が……、お前が、葛葉(くずのは)だって気がついたのもそれだ。」
それが嫌で、ガキみたいに八つ当たりしてたんだよ。
蒿雀の声が辛そうで、彼の方を向きなおしてギュッと抱きしめた。
「もう、どうだっていいよ。今までのことは。」
素直な自分自身の気持ちだった。
蒿雀は相変わらず泣きそうな顔で、それでも俺の顔に顔を近づけ、あと数センチになったところでぴたりと動きを止めた。
「葛葉の本当の性別は女なのか?」
「……男だよ。」
「じゃあ、今すぐ元にもどってくれないか。ついでに風呂貸すからその匂いを何とかして来い。」
鼻がつぶれそうだ。
そう言って蒿雀が唸ると、思わず笑ってしまった。
それは犬としての本能が可笑しかった気持ちも無いといえば嘘になるけれど、それよりも男の姿でいいと言われたことが心底嬉しかった。
「服貸してもらっていいか?」
そう聞くと、蒿雀は「お安い御用で」と俺の目をみて笑った。
了
お題:新作
高身長男前受け、片思い、女体化または変身、同い年、切ない
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