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「で、恋人は紹介してくれないの?」
姉に睨まれてしまうとどうしようも無い。
脂汗が滲みそうになって、思わず頷く。
用事があるから無理だと返してほしかった蒿雀への電話は「別に構わないけど。」という素気の無い返事だった。
家の場所は高校時代に何度も来ているから知っていたし、何度も姉とも顔を合わせたことがあった筈だ。
リビングで向かい合う姉さんと蒿雀を見ていると理由も分からないけれど怖いのだ。
「あら、やっぱりあなただったの。」
姉が言う。
俺が親しくしていて、それで女装をしなければならない相手なんて限られている。
だけど、何故かそのわざとらしい言葉に引っかかりを覚える。
「へえ。狼はやっぱり狼って事ね。」
姉さんがそんなことを言う。
蒿雀は高校の頃は鳥の化生だと言っていた筈だ。
「なんで、姉さん……。」
「アンタもしかして気が付いてなかったの?
ずっとアンタのこと獲物を品定めするみたいな目で見てたでしょうに。」
ため息交じりで姉が言う。
「でも、獲物って。」
そんな風に思ったことは無かった。
蒿雀が舌打ちをする。
ニヤニヤと姉は笑っていて居心地が悪い。
「……自分の目の前で転んだやつを習性で獲物だと思うんだよ。」
それにお前よくこけるだろ。
不貞腐れた様に蒿雀が言う。
姉がついに噴き出した。
「でも、自分が妖の血統なら分かってるでしょ?」
姉はひとしきり笑うとそう言った。
何を分かっているのかが俺には分からない。
俺の力が弱いからだろうか。
「転んだものを獲物にする妖が、力の強いとされる狼が、必要な獲物を転ばせられない訳ないでしょう?」
卵が先か鶏が先かみたいな言い訳しないでよ。姉は妖艶に笑う。
それは狐の一族らしい美しい笑みだった。
それなのに蒿雀はあまり興味がなさそうに姉の顔をみてそれから俺の顔を見た。
「でも俺、蒿雀のいないところでも普通に転ぶけど……。」
そんな、最初から、蒿雀が、そんなことありえないと思った。
「まあ別に、偶然でも意図的でもどちらでも、私には別に関係ないのないことよ。」
単に弟の恋人を見てみたかっただけ。と、もう興味がなさそうに姉が言う。
いつも姉はこうだ。
姉はもう用事は済んだという感じで、リビングから出ていこうとする。
すれ違い際に姉が蒿雀に何か囁いた気がした。
「ちょっ、姉さん何してるんだよ。」
「別に何もしてないわ。私これで出かける用事あるからごゆっくり。」
にっこりと笑った姉に蒿雀は同じようにニッコリと笑って「はい、そうさせてもらいます。」と返していた。
姉を見送って、横で姉に向って満面の笑みで手を振る蒿雀を見る。
「さっきうちの姉、何か失礼な事でも……。」
蒿雀に聞くと笑われる。
「いや。単に弟を大切にしてるなーって感じの話だったから。」
糞狐の癖に家族に大切にされてる、みたいなことはもう言われなかった。
それがくすぐったくてどうしたらいいのか分からない。
それでも、慣れなくて上手くできない笑顔で蒿雀に向って笑いかけると、蒿雀は髪の毛と、それからそこから生えている耳をそっと撫でた。
「姉さんいつもあんな感じだから。」
本当にごめん。と伝えると「知ってるから大丈夫だ。」と蒿雀が答えた。
了
お題:二人の幸せな後日談。
姉がこっそり蒿雀に釘を刺す話。
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