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※受けが女体化します。
おい、馬鹿狐。
最初のうちは名前で呼ばれていた気がする。
それがいつしか、馬鹿にされるようになって今では名前も呼ばれないのだ。
確かに俺は妖狐の中でも下級の一族の出で、たいした能力も無い。
見た目も、背が高いというくらいで後は平凡なもので、容姿端麗なものが多い妖狐の中では浮いている。
幸いな事に、人に溶け込んで生きるうえでは、平凡な容姿の方が楽ではあった。
だから、特に不満も無かった。
人間の世界にも妖の仲間は沢山いたし、能力はみな隠して生きていた。
快適だった。楽しく生きていたつもりだった。
◆
蒿雀(あおじ)と出合ったのは高校の事だった。
本人曰く鳥の化生だと言っていたが詳しい事は知らない。
あまり聞きすぎるのもどうかと思っていた。
入学式で見た蒿雀は隣のクラスの列に並んでいた。
言葉は悪いが、鳥とは思えないくらい存在感を放っていた蒿雀はみなの注目の的だった。
それは、人間も妖もで彼の周りにはいつも沢山の人がいた。そのため、最初は遠くからああいるなというだけだった。
恐らく、最初は偶然だった。
ちょうど階段を下っていた俺が蒿雀の目の前で転んだ。
それだけだった。
目を丸くした蒿雀は、俺に手を貸してくれた。
お礼を言って立ちあがってそこはそれで終わりだった。
何も無いところで馬鹿みたいに転んで恥ずかしかったというだけだった。
それから、目が合うようになった。
今まで一度もそんな事は無かったのに、突然だ。
その都度、二人で困った様に笑いあって、段々と話をするようになって、それから、友人になったと思っていた。
まあ、それは勘違いだったのかも知れない。
再び一緒になった大学も最初のうちは高校と変わらなかったと思う。
それが気がつけば態度は険のあるものになっていて俺を呼ぶときには馬鹿狐になっていた。
それに、いつも蒿雀の周りには女性がいるようになった。
まるで、俺は用なしみたいだった。
「ぼーっとしてどうした?」
大学でつるむようになった芦原に尋ねられ、困って、笑顔を浮かべる事しかできなかった。
「折角の男前が台無しだぞ。」
芦原は眉間を親指で押した。
笑っているつもりだったが、皺がよっていたらしい。
「何悩んでるのか知らないけど、あたって砕けるのが大切だぞ。」
適当な事を言って笑う芦原に俺も笑った。
けれども、あたって砕けると言う言葉だけが脳裏にずっと残っていた。
◆
まともな変化をするのは久しぶりだった。
耳はほとんどの人間に見えないものの、霊感的な感覚が強いものには見えてしまうので隠してはいるが普段はそれだけだった。
自分でも馬鹿じゃないかと思う。
女に変化して、姉に服を借りて、鏡の前に立つ。
本来の俺よりもだいぶ小柄な女性が鏡の前に映っている。
男の体の時にはない胸のふくらみに手を伸ばす。
女になっているのだ。
当たり前に触れる柔らかさに、ため息をつく。
別に女になりたいと思ったことは無い。
男として生まれてきているし、女になれるといっても俺の本質はあくまでも男だ。
だから、鏡の華奢な女性はいまいち自分として認識はできないし、違和感ばかりしか感じない。
それでも、と思う。この姿なら、自分を見てもらえるのではないかと。
洗面所から出たところで姉と鉢合わせる。
姉は、俺の姿を頭の先から足の先まで眺め、一言だけ言った。
「だっさ。」
変化はやはり下手くそなのだろうか。
俯き見えたはだしの自分の足は、色気もへったくれも無いように見えた。
姉は、長い長い溜息をついた後、「しょうがないね。メイクと服やってあげるから。」と彼女の私室に手招きをされた。
◆
「こんなものかな。」
姉に服を着せられて、髪の毛を整えられ、化粧をされた。
女性ものの下着をつけるという事には抵抗感しかなかったが、押し切られてしまった。
「仕上げに――」
そう言って、姉は、俺のうなじにシュッと香水をかけた。
ふわりと香る匂いは、花の様な香りで何故だかとても気恥しくなる。
「理由は知らないけど、アンタ一々意味も無く女になったりしないでしょ?まあ、がんばってきな。」
姉がニコリと笑った。
ヒールは死ぬからという姉の勧めでぺたりとした靴を履いて家をでた俺が、向かったのは一件の居酒屋だった。
「信田くんの紹介で……。」
幹事に伝えるとすぐに通される。
今日はサークルの飲み会だった。
奥で一人で飲み始めている蒿雀の横に立つと「ここ、良いかな?」と聞く。
媚びたような女の声が自分の声帯から出ていると思うと死にたくなる。
蒿雀は俺を見上げると、直ぐに「いいよ。座りなよ。」と答えた。
その時に浮かべた笑顔は今まで見たことも無い表情で、一人で勝手にうちのめされる。
女性にはこんな顔もするのかなんて考えていると、「飲み物どうする?」と話しかけられる。
目を見て話しかけられること自体久しぶりだったのだ。
自然と頬が赤くなるのが分かる。
いつもの、俺の前での蒿雀なら舌打ち位したに違いないのに、今俺の前にいる蒿雀は優しく笑って、それから、おろしていた俺の手にそっと自分の手を重ねた。
ビクリと震えた俺に、蒿雀は
「この後、二人で抜け出さないか?」
と聞いた。
ああ、蒿雀は普段女性にこうやって声をかけるのか。
嬉しい筈なのに、心臓は悲鳴を上げたいくらい痛む気がした。
それでも、頷かずにはいられないんだから、俺は馬鹿だ。
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