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デッキを下りて歩いていくと、這いつくばるように砂地に生える薄ピンク色の花を見つけた。
「可愛い。昼顔かな?」
「ハマヒルガオだよ。隣の市に群生地があって、今の時期は壮観なんだ。今度見に行く?」
「うん、行きたい」
「じゃあ、明日は?」
「え……」
土曜日に会って日曜日にも会ってくれるの?
私の顔に浮かぶ疑問に答えるように、彼はゆっくりと頷いた。
「君とは毎日会いたい。もちろんお互いの都合がつけばだけど」
「それって」
「君が好きだ。付き合ってほしいと思ってる。ダメかな?」
「ダメじゃない。私も国分さんのことが好き。もっとあなたのことを知りたいと思うし、私のことも知ってほしいと思う。でも、一つだけ教えてほしいの」
「何?」
「あなたも釣りに行く時、私を置いていくの?」
私は釣りに行く父の趣味が嫌いだったのではなく、置き去りにされるのが嫌だったのだ。休みの日ぐらいは一緒にいて欲しかった。一緒にいたいと思われる存在になりたかった。父にも母にも。
「釣りをしたこと、ある?」
「一度だけ。でも、よく憶えてないの」
あれは母が出て行った日。2階から下りて行くと、置手紙を見て呆然としていた父が私に気付いて、釣りに行こうと誘ったのだ。
初めて行った防波堤で、父は何も言わなかった。無言で釣り針に餌をつけ無言で釣り竿を渡されても、釣りをやったこともなければ見たこともない私はどうすればいいのかわからなくて立ち尽くすばかりだった。
父がやることを真似してみても上手くできるはずはなく、私は形ばかり釣り竿を海に投げ入れると水面に浮かぶオレンジ色のウキを見つめていた。
その日の釣果は父も私もゼロだった。
こんなつまらないことのために父は家族との時間を犠牲にしていたのかと、沸々と煮えたぎるような怒りが込み上げた。
私を捨てた母に対する怒りはなく、その原因を作った父を恨んだ。
その後、何度か父に誘われたけれど、私は二度と釣りに行こうとは思わなかった。
母に去られた父が私に歩み寄ろうとした時、反抗期真っ只中だった私は伸ばされた手を拒んだ。
たぶん父にはリフレッシュが必要だったのだろう。社会人になった今なら、あの頃の父の気持ちが少しはわかる気がする。
でも、今更どうすれば歩み寄れるというのだろう?
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