169人が本棚に入れています
本棚に追加
海から吹き付ける風が髪を乱す。
暴れる長い髪に耐えられなくなった私は、国分さんが全開にしていた窓を思い切って閉めた。
「ごめん。寒かった?」
「ううん。風が強くて髪がぐちゃぐちゃになっちゃうから」
「ああ、そうか。女の子は大変だな。こっちも閉めようか?」
そう言って運転席のパワーウィンドウスイッチに手をかけた彼に首を振った。
「大丈夫。こっちだけ閉めさせてもらえば」
「そう? もうすぐ着くから」
「うん、楽しみ」
まだ少しお互いに遠慮があるような会話が続く。
先月、友達の紹介で出会った私たちは1か月間メッセージや電話をやり取りしながら親交を深めていき、今日、初めて2人きりで出かけることにしたのだった。
家まで迎えに来てくれた国分さんの車は大きなワンボックスカーで、助手席に座ると微かに潮の香りがした。
まだ私たちは付き合っているわけではないから、これをデートとは言わないのかもしれないけれど、私の気持ち的には立派な初デートだ。
毎朝、通勤途中の駅のホームで『おはよう。今日も暑いね。熱中症に気を付けて』などという国分さんのメッセージを目で追えば、その日一日分の元気をもらえたみたいな気がした。
昼休みにコンビニ弁当の写真が送られてくれば、早く私が栄養と愛情たっぷりのお弁当を作ってあげたいと思う。
そして夜には、電話でついつい仕事の愚痴を零してしまう私に、彼は優しい言葉を掛けてくれた。今までの彼氏たちは『そういう時はこうすれば良かったんだよ』と正論を説いてきたけれど、私が欲しかったのは共感だったんだと国分さんと話していて初めて気付いた。
たったひと月の間に私の想いはどんどん膨れ上がっていたから、彼から「今度の土曜に2人でどこかに出かけない?」と誘われたときは嬉しすぎて咄嗟に返事が出来なかったほどだ。
日に焼けた国分さんの横顔をこっそり見ては、これからどこへ連れていってくれるのだろうかと胸が高鳴る。
「今日はどこに行くの?」
「んー? まだ秘密。着いてからのお楽しみだよ」
彼はそう言ったけれど、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかと思う。小一時間も車を走らせて、ずいぶん海沿いに来てしまっていた。
水族館だろうか。確かこの辺りにクラゲで有名な水族館があったはずだ。
そんな予想はすぐに外れた。その水族館の横を彼は素知らぬ顔で通り過ぎてしまったから。
最初のコメントを投稿しよう!