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看板には漁港駐車場と書いてあったのに、ここには犬の散歩をさせる人とサーファーしかいないみたいだ。
私のすぐ前を上半身裸のサーファーが横切り、目の遣り場に困る。
「いい身体してるからって、わざと見せつけて歩いてるんだな」
国分さんがちょっと悔しそうに言うからおかしくなった。ボロシャツの袖から覗く彼の腕は太くて逞しいし、お腹も引き締まっていそうなのに。
「国分さんはサーフィンしないの?」
「昔ちょっとやったけど、全然波に乗れなくて諦めた。ほら、ここ上がって」
デッキに上がって足場がしっかりすると、彼の手はスッと離れていった。それが寂しいと感じたのは、波打ち際を歩くカップルが手を繋いでいるのが目に入ったせいかもしれない。
「すごい。海だ」
思わず零れたのは当たり前すぎる事実。
でも、目の前に広がる広い海に圧倒された。
毎日仕事で感じている不平不満がちっぽけに思えて、心に溜まっていた澱が波に洗い流されていくようだ。
何も言わずに隣にいてくれる国分さんは、私のことを本当によくわかってくれている。
カスタマーセンターでお客様からの苦情を受け付ける仕事をしている私は、日々神経を擦り減らしているのにそのストレスをどう解消すればいいのかわからないまま溜め込んでいた。
ただ海を目の前にしているだけなのに、心が軽くなっていく。もしかしたらこれが国分さんのリフレッシュ法なのかもしれない。
漁港だなんてとガッカリしていた、さっきまでの自分を殴り飛ばしたくなった。
押し寄せる波に挑むサーファーたちを目で追っていると、一人だけ滑るように波に乗っていた。
「あの人、上手いね」
指差して国分さんの方を振り向くと、拗ねたような目が返って来た。
「あっちに行こう」
私の視線を遮るようにして、彼がまた歩き出した。
もしかして嫉妬した?
友達以上恋人未満のこの関係がもどかしい。
釣り好きの彼とは趣味が合わないと思うのに、彼とこのまま一緒にいたいと思う。
彼についてまだまだ知らないことが多過ぎるから、もっと知りたいと思う。彼も少しはそう思ってくれるだろうか。
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