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夏休みのご予定は?
「夏休みになったら海に行きたいっ!」
不意に言い放たれた言葉。それを聞いて、イチゴミルクを飲もうとした手が止まった。
彼は時折と脈絡のない話をしだすと思っていたけれど、本当に脈絡のない切り出しだった。
怪訝な視線を投げ掛けると、頬を赤くした笑顔が目に映る。
なんだっけ。そうそう『夏休みに海に行きたい』ってことだったわね。
でも、目の前にいる彼は私の先輩で、高校三年生なわけで。高校生活最後の夏休みになるから、私の認識だとその時期の高校三年生は忙しいんじゃなかったかしら、なんて頭を過る。
えっと。本気、かな?
「一緒に行こう?」
照れくさそうにしつつ、一切の躊躇いも無く誘いをかけられる。
うん。本気みたいね。
「あなた、受験生でしょう? 夏休みに遊んでいて大丈夫なの……?」
「夏休みは長いんだよ。ほんの二、三日遊んだくらい大丈夫だって」
思ったことを口にすると、当然といった口振りで返す彼はへらりと人懐こく笑う。
この屈託の無い笑顔や人当たりの良さが彼の魅力だとは思う。思っているけれど。ほんと、なにをするにも唐突で、脈絡の無い人。
そう考えていたら、無意識に溜息が漏れ出していた。
「……あのね」
「うん?」
「私……、泳げない……」
「え? 泳げないの?」
あまりにも意外そうな表情で返されるものだから、気恥ずかしくなって思わず視線を逸らしてしまう。
「う、うん。だから、海はちょっと……」
私に向けられていた瞳が在らぬ方に泳いでいき、何かを考える様子を窺わせる。
どこか他に行く計画でも立て始めたのだろうかと思っていると、暫しの間を置いてまた見つめられた。そして再びの笑顔。
「実はね。もう旅館の予約をしちゃったんだ」
「ふえっ!?」
全く以て予想をしていなかった一言に、変な声が出た。
えっとえっと。待って。私の聞き間違えかしら。
「泊りがけでさ。一緒に出掛けて一緒にいよう?」
細めた眼差しで見つめられて、両手をイチゴミルクのパックごと大きな手でぎゅっと握られる。
一緒に泊まりで出掛けるって、彼は分かっていて言っているのだろうか。それとも私が意識しすぎているのか。
兎にも角にも、頬どころか顔全体が熱くなってきた。きっと私の顔は真っ赤だと思う。
そんな私を見据える彼は、優しげに目を細めている。
「一緒に海で遊んで一緒にご飯食べて、一緒に温泉に入って一緒に寝たいな」
「ま、ままま待ってっ! それって……っ!?」
突然の問題発言に慌てて声を荒げてしまう。慌てふためく私を見て、彼は再び笑顔を浮かべた。
「んと、君と――」
「言わなくていいからっ!!」
更に問題発言を重ねようとしたのを察して、制止の声を投げ掛ける。
私が察したのに気付いた彼は、頬を赤くしてにこにこと笑ったまま。
待ってよ。なんであなたが頬を赤くするのよ。
赤くしたいのはこっちなのに、と思いつつ。多分、私は耳まで真っ赤。顔が熱い。
お互いに頬を赤く染めて、一癖ありそうな夏休みの計画が立っていく。
いいのかなあ、なんて考えながら。彼と一緒にいるのはイヤじゃない。
水着は可愛いのを選ぼう。泳げないけど、きっと彼と一緒にいられるだけで楽しい。
彼と一緒に過ごせる、高校生活最初で最後の夏休み。
待ち遠しいけれど、少し寂しさの入り混じる待ち遠しさだった。
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