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  陽が陰り、夜を彩る光がポツポツとつき始める。寒空の下、帰路に着く人々に手に持っているチラシを差し出す。しかし、一瞥された後、進路の邪魔とでもいいたげな表情であしらわれた佐倉柚希(さくらゆずき)は、手元の〝添い寝カフェ・ソメイユ〟のチラシを見て嘆息した。  ──これで拒否されたの、何回目だ?  今どきチラシを手に取ってくれる人なんてほとんどいないのに、暇さえあれば店のビラ配りに駆り出されていてこの有り様だ。    ──……それとも、俺のこの格好が悪いのか。  ダッフルコートの下には短めのスカート、すらりと伸びる生足、清潔感が溢れるように黒のハイソックスにローファー。21歳という年相応の恰好であれば、まだ世間の目もマシだったのかもしれないと、某アイドルの制服のような自分の恰好に落ち込む。  もっとも、落ち込んだところで自分のバイト先の制服なのだから、この格好以外どうにもできないのだが。  けれど、まだ柚希が女の子の恰好をしても違和感がないのは、二重で黒目がちな大きな目、高い鼻梁、そして少しふっくらとした輪郭のおかげだろう。これだけは、幼い頃に別れた両親のDNAに感謝したいところだ。  しかし、冷たくあしらわれる度に、自分がまるで〝やっぱり普通じゃない〟と言われているみたいで心が抉られる。そして、悲しくて泣きたくて堪らなくなる。 「あぁー、もうっ! 身も心も寒い!」と、手に息を吹きかけながら、枕を抱えアヒル口をした女の子の写真がプリントされているチラシを恨めしそうに見やった。  今頃このチラシに映る女の子たちは、ぬくぬくと温かい店で待機をしていると思うと、自分との待遇の差にやるせない気持ちになる。  女というだけで優遇され、ビラ配りや雑用はすべて柚希の仕事だった。  とはいえ元々、指名客が少ない自分は、出勤をしていても待機をすることが多いのだから、こういう仕事ぐらいはしないと肩身が狭いということも確かだった。いくら女顔で、女の恰好が似合っていても所詮柚希は、男なのだ。  眉根を寄せながら「しかたない。結局、まがいものの俺じゃ、本物の女には勝てないってことだもんな」と呟くのと同時に、鼻の奥がツーンと痛み、慌てて俯いて鼻をすすった。
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