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「待ってくれ」
「まだなにか?」と冷たい声で一瞥する。
「俺は、結婚はしてない。それにカフェのことだって……」
「はぁ? 結婚をしていないのに指輪なんかしないでしょ。俺が、ガキだから騙せるとでも思ってんの? 最低っ!」
「違うんだ」と震える声でいいながら、柚希の腕を掴む。
「ユズは、きちんと色々考えているし、真面目な子っていうのはわかってるよ。俺のこの指輪は、カムフラージュなんだ。だから、仕事以外では外してる」
口ではなんとでも言える。事実、自分は奥さんと一緒にいるところをこの目で見たのだ。
「俺の仕事は知っているな。銀行は、信用商売なんだよ。印象がものをいうんだ。離婚もそうだが、40過ぎて独身だと印象が悪い。プライベートの管理も出来ないヤツに、金を預けたいって思うか?」
「でも、きちんと対応していたら信用できる奴だって理解をしてくれるんじゃないの?」
「みんなユズみたいな顧客だといいな。要するに、そういうのにまだ世間の目は冷たいんだよ」と寂しそうに笑う。
今、佐々木が言ったことは本当だろうか。でも、あのカフェの人は恋人かもしれない。
「カフェで女の人といるのを見た。あれは?」
「は? なんだそれ……」
「背の高い切れ長の目をした美人だよ!」
「あぁ……アイツか。離婚した妻だよ。元々一緒の職場だから、たまに情報交換してるんだ。それに、いがみ合って別れたわけじゃないし、お互いすごく好きで結婚したのでもないから、今でもいい相談相手になってもらっている」
──元、奥さん。そして、指輪はカムフラージュ……。そんなことって。
本当だろうか。
信じてもいいのだろうか。
それなら、自分が抱いている佐々木への好きな気持ちはこのまま持ち続けてもいいのだろうか。
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