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「なんで俺なんか。佐々木さんは、大人でカッコよくて、癒してくれる人は他にもたくさんいるでしょ?」
「確かに、それなりに恋愛はしてきたよ。でも、こんなに執着することはなかった。離婚しても指輪をつけて世間体のことを言っているのに、なぜか添い寝カフェに通っている。こっちのほうが、世間体悪いのにな。でも、ユズに会いたくて堪らなかった」
「えっ。俺と会いたくて?」
「同じ気持ちだったと思ったが、違ったか? 俺のことが好きなんだろ」
──バレてた……。
佐々木の指摘にみるみる顔が紅潮する。居たたまれなくなった柚希は急いで俯く。好きという気持ちは押し殺したことはあっても、アピールしたことは一切無かったはずだ。
「俺の勘違いじゃなければだけど、ユズが避けていたのは、俺が指輪をしていたのを黙っていて、女と会っていたからだよな?」
「あ……」
図星だった。
奥さんがいたという事実が辛くて、悲しくて、そして今まで通りの接客なんて出来そうになくて避け続けた。こんな子供みたいな方法で。
「それって、俺のこと好きって言ってるようなもんだろ」
ますます肩身が狭くなる。どう反応していいか決めかねていると、俯いていた顎を持ち上げられ、視線が絡む。
「お前は、やっぱりかわいいな。今、無性にお前の匂いを嗅ぎたい」
「は? き、急になに? なんで……匂い」
「ユズの香りは陽だまりみたいで温かくて安心するいい匂いなんだよ。それを今、思いっきり味わって、俺のモノって感じたい」
恥ずかしい言葉のオンパレードでどうしていいかわからずに押し黙っていると、それを肯定ととったのか佐々木は、首すじに鼻をつけた。
「ち、ちょっと!」
バタバタと動きながらどうにか逃げようとするも、強く抱きしめられていて動けない。そして、そのまま佐々木は大きく息を吸った。
「あぁ、この匂いだ。安心する……めいいっぱい吸ったら、眠くなってきた。安眠効果抜群だな、おまえ。このまま家に連れて帰ってひざじゃなくて、抱きしめて眠りたい。そしたら、どんなに幸せか」
「え、そんなの」
「なぁ、だめか?」
佐々木の提案に驚いて「だ、抱き……って! あんた、なに言ってるんだよ」と、動揺していると佐々木は、柔らかい笑みを浮かべながら、柚希の頭を撫でた。
「ひざだけじゃ、お前の全てを堪能出来ないだろ。あ、そろそろ告白してくれよ、なぁ」
──告白してくれよって……。
告白を待ち構えられると逆に言いづらいのにと、唇を尖らせる。そして、抱きしめられている胸から佐々木を見上げると、その双眸がとても優しくて慈愛に満ちていた。
──佐々木さんも真剣なんだ。
本当にこの人なら、自分の寂しかった心を温かく満たしてくれるかもしれない。
自分がずっと欲しかったものをくれるかもしれない。
──信じてみようかな。この人を。
柚希は佐々木の胸に顔を埋めながら、恥ずかしそうに「俺もす……き」と小さな声で呟いた。
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