笑顔と面影

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笑顔と面影

「っ、ふ………、…!!?」 突然背後からかかった声にビクッと肩が揺れる。 ギギギ…とまるで錆び付いたカラクリ人形のように、恐る恐る、首だけを回した、ら… そこにいたのは凌汰…ではなくて、何故か、予想すらしていなかった 「み、やせ、」 「どうも、会長さん」 なんでここにおまえがいるんだ一年の寮なら別の階だろうがというかそもそもいつからそこに… 山のように積もる質問、特に最後を重視で消化しようと口を開いた。だが相変わらずの何を考えてんのかわからない無表情面、そしてさも当然のようにその場所で飄々と俺を見下ろすその姿に、途端に真面目に疑問を投げかけようとする自分がなんだかバカらしく思えてきた。 結果、構えた口からは「は、うぁ、え…」という、なんとも情けない声だけが零れることとなった。 「それにしても意外だなあ。会長も泣くことあるんだね」 「う…、って!泣いてなんか、ねっ!!」 そうだ!誰が泣くか、誰が!!適当なこと言ってんじゃねえぞコラ!!! キッと鋭い逆光で捉えるも、きっと今の俺の顔は羞恥で耳まで赤くなっているだろうから、威厳半減なのかもしれない。しかも、座り込んでいる俺からしたら必然的に見上げる形になってしまうという欠点もあった。 ぐ…なんか敗北感 「うわ、なにその受け顔。もしかして狙ってやってる?」 「だ…れが、!ってかなんだうけがおって!!」 「なんだー無自覚か。だとしたら余計タチが悪いよね」 「だ、から!ああもう!!お前と話してるとまじで話しがズレる…!」 「うん。でもほら、いつのまにか会長、涙止まってるね」 「っ、……そもそも泣いてなんかないし…」 ほら、と指で差されたのは目元だった。 …だから、泣いてなんかなかった。泣くわけがない、だって誓ったんだ。凌汰の分も背負って強くい続けたい、凌汰の分も… (……弱いな、俺の方が) ちらりと、今はただの空き部屋と化した凌汰の自室だった場所を視界に入れただけで、またたまらなく、胸が苦しくなった。 「それだよ、その顔」 泣きそうな、そんな顔 泣いてなんか、ねえよ。 ただ、ただ苦しいんだ。息が詰まって、呼吸すら出来ないだけなんだ。 凌汰に、ただ会いたかっただけなんだよ…っ 俯かせた顔からは、もう全ての景色が遮断された。隣に三谷瀬が腰を下ろすのが気配でわかった。 「………ありがとう、って言ったらな…あいつ言ったんだよ」 珍しいって、俺が礼を言うのがそんなに。 「いつだってあいつに甘えて、頼ってばっかだったのに。実際は礼の一つ満足に言えてなかったんだぜ?…バカだよな、おれ、」 三谷瀬は何も言わない。 それでよかった。むしろ、それがひどく安心できた。別に誰かに頷いてほしかったわけじゃない。否定してほしかったわけでもない。 「…っ、お、おまえも悪かったな。せっかく背中押してくれたのに、全部無駄にしちまって…」 はは!と明るく笑おうとして口から出たのは、乾いた…自分でも痛感するくらいひどく泣きそうな掠れ笑いだった。 「っ、」 何度目かもわからない、強く力を入れた唇からは切れて鉄の味がした。 ぎゅっ、と瞼を閉じたその刹那。ふわ…頭に、温かい柔和な感触が伝わった。三谷瀬に頭を撫でられている…そう気づくのに時間はかからなかった。 「見返りなんて要らなかったんだよ。ただあんたのことが、大切だっただけなんだから」 紡がれた声は、胸ん内の蟠りを溶かすくらいひどく優しいもので。ばっ!と目を見開き、顔を上げる。はくはくと口を開いては閉じ、そして、息を呑んだ。 なんで…喉元から振り絞った声は、三谷瀬の表情によってかき消されることとなった。 (あ、にてる) 『結ちゃん』 花が綻ぶように、温かくて柔らかいその表情が。重なって、瞳に焼きついて、離れない。瞳を惹きつけて止まない。 「…りょうたが、言ってたのか、?それ…」 ぼそぼそと声を紡ぐ俺に三谷瀬は間髪入れずにこう答えた、 「なわけないでしょ。俺、会ったことないし」 「な、ならなんで…んなこと、わかるんだよ、」 な…なんだ、2人は顔見知りだったのかと一瞬思いもしたが、どうやら違ったらしい。 「残念だけど勘だよ、ただのね」 「残念って...別にそんなんじゃ...、」 「ウソ。俺には期待が外れて、落胆してるように見えたけど」 「っ、な...!ら、らく、らくたんっ!?だだだ誰が…!」 (な、なんだこいつなんなんだ一体!!) 一見くだらないようにも思える今の会話の中に、どうやら三谷瀬の琴線に触れたものがあったらしく。 いつもの無表情面はどうしたんだ、とつっこんでしまいたいくらい今の三谷瀬は普段と対だった。何がそんなに面白いのやら、くつくつと喉を震わすその様は、ひどく歳相応のものだった。 基本無表情はたまた冷めた瞳または人を見下したような、そんな姿しか見たことなかったからか、そんな表情一つが無性に新鮮に思える。そして、何故だか嬉しくも思えてしょうがなかった。 .....というかそれと同じくらい。無意識なのか何なのか、軽く触れる程度だった頭の上の手はいつも間にやら、がしがしと、まるで偉いことをした犬を褒めるような扱いで頭を撫でてくるようになった... これはなんだ。真剣に問い質したい。 (...こいつ、俺のことを同輩か年下かなんかだと思ってるんじゃないか...) いや、もしかすると一番悪くて犬という可能性も…。 ばれないよう、そろりと隣を窺う。 うん、おまえでもそういう顔するんだな、なんて何気失礼な感想抱いちまうくらい、今の三谷瀬の纏う空気は柔らかい。そして悟る、 ......あぁこれもしかするともしかしなくとも、犬フェルター越しに見られてるなおい まあだが。犬のように扱われながらも、胸ん内で急ピッチに染まりつつある感情は、プライドを傷つけられた怒りでも羞恥でも何でもなくて。 (もったいないだろ、んな...いい顔して笑うのに) 嬉しさ、の4文字だった。 久しく感じるこの居心地のいい空気を噛み締めるように、知らず知らずの内に俺も笑みを零していた。
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