デマと軽蔑

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デマと軽蔑

ーーー【学園史上、最も最低最悪な生徒会長。】 「ねえ聞いた?会長様のあの噂」 「聞いた聞いた。あれでしょ?自分は毎晩自室に親衛隊連れ込んで、セフレとヤリたい三昧。そのくせ最近は、生徒会の全仕事を他の役員に丸投げしてるってやつ」 「おれさー結構会長のこと、心から尊敬してたんだよなぁ。ほら、歓迎会で言ってたあの言葉。あれ聞いて、おれ柄にもなく、あーこの人になら付いていってもいいかなーなんて感動したのにさ...見事に裏切られたよな」 「本当にさいってい。信じてた僕らがバカだったよ。生徒会の他の皆様が可哀相で不憫で、もう見てらんない...!」  数日間。たった、数日間の間にだった。噂が駆け巡るように学園中に広まったのは。 三谷瀬とわかれて、今更ながらにあいつに好意を抱いていることに気づいて。 それでも溜まりに溜まった書類やら雑務やらの唯一の消費者は俺しかいないからって浮ついている暇もなく、ありったけの書類等を抱えこんででも、生徒会室やら、自室やらに閉じ篭って、一心に俺はできる限りのことを尽くした。 寝る間も惜しんで、元々形式だけだった食事の回数もさらに減らして。一般生徒の快適な学園生活を維持したい。それだけを頭に、せめて提出期限には間に合うようにと、俺は俺なりに頑張っていたつもりだった。 そんな中で生徒会及び転校生が流した突拍子もない噂。凌汰という恋人がいながら夜な夜な親衛隊を自室に招き、その挙句会長としての全責任を放棄。そしてその火の粉がかかっているのが、譲を始めとした会長以下の役員たち。 (あーなんだろ、俺、なんかしたっけ...) んな、廊下を歩くたびに視界に入る生徒全員から軽蔑の眼差しを向けられるようなこと、やらかした記憶なんてないはずなんだけど。 (.....まあ、でも) 人の噂もなんとやら。いくら面白可笑しく新聞部が取り上げた記事の主体が、仮にもこの学園のトップでしかも内容が内容だからって、所詮は根葉のないでっちあげだ。 すぐにまた新たなネタが生徒内に氾濫すれば、その内俺なんかの噂など誰も見向きしなくなるだろう。 きっと、今だけだから。 噂が嘘だってことくらい、きっと皆わかってくれるはずだから。だからこんな噂ごときで屈してたまるか。絶対に、あいつらの思い通りになんてさせねえ! 「会長、もう無理です。もう僕には...りょ、た様の意志は継げない...!」 ごめんなさい。ごめんなさい。ぼろぼろと涙を流すその生徒は、うわごとのように何度も何度もその言葉を繰り返した。 親衛隊副隊長を努めてくれているその生徒の顔は、それこそ何度も目にしていた。目にするその度に、必ず隣に凌汰がいたのも気づいていた。 「...謝るな」 「っ、かい...ちょ、ごめ、ごめんなさい..!」 そのどれもが、溢れんばかりの笑顔だった。こんな悲痛に歪ませた顔ではなくて、幸せそうに表情を綻ばせていたはずだった。 悪いのは、俺のほう。そんな顔させて悪かった、謝罪なんてさせたくなかった。ごめん、ごめんな 「支えてもらってばかりだった。..おまえにも、凌汰にも」 「かいちょう、」 「よくやってくれたよ、いままでずっと。ありがとう」 おまえから、大切な人を奪って、ごめんな 俺の言葉に一瞬目を見開き、そしてまた辛そうに顔を歪める。もういちどごめんなさいと頭を下げて、生徒は生徒会室を後にした。 (...んな表情させたかったわけじゃねえのに) やるせねー、本当。ちらりと視線を机の端に移す。期限が目前までに迫っている書き付け用紙やら議案書に並んで積まれている、数枚の書類。 見慣れた名ばかりが細かく羅列するその書類は、紛れもない全隊員分の離隊届だった。 きっと、今だけだと思ってた。噂が嘘だってことくらい、きっと皆わかってくれるからと自分に言い聞かせていた。 けど違った。生徒たちは噂が偽装かどうかなんて今になってはどうだってよかったのだ。ただ信頼していた会長に裏切られた、そこだけが重要で、だからこそ失望した。ただそれだけのことだった。 万事休す、孤立無援、四面楚歌。 味方なんてもういない。学園中を敵に回した今、あるものは数え切れない敵意や憎悪だけで、頼れるものだって、もう... (なにも、のこってない...っ) 誰もいない生徒会室と埃が被さった役員のデスク、一歩外に出れば諮ったようにすぐさま向かってくる罵声と中傷、それが味方のいない現状を痛いくらい思い知らされて、息ができないくらい心臓が圧迫される。こんなに辛い痛みがあるなんて知らなかった。知りたくなかった。 辛い、胸が焼けるように痛い、手繰り寄せた書類が嫌な音を立てて皺を刻む。 もう、無理だ。 役員たちが離れていったときも、凌汰が俺の前からいなくなったときも、つらくて、つらくて。それでも懸命に、前を向こうとした。もう少し信じていようと、そう自分に必死に言い聞かせることで、ぎりぎりの堰は保たれていた。 だが、もう、もう限界だ なんのために俺はこの席に居座り続けているのか、誰のためにこの場所を守り続けているのか、もうわからなくなっていた。 (....もう、やめよう) はじめて、そんなことを思った。 「たーーーのもーーー」
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