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本当は、本音は、
「ねえ会長、ひとつ、いいことを教えてさしあげましょうか」
飲み物を買いに行くと告げ、三谷瀬が席を外したタイミングでそう声を掛けてきたあたり、恐らく見計らっていたのだろうか。正面に座る平凡生徒こと七宮が、手には箸を持ったまま、にこりとわざとらしく口元に笑みを描いた。
...それ以前になんでおまえ、オムライスに箸なんだ。普通そういうのって、スプーンで食うもんじゃないのか?
食事中ずっと不思議に思っていたことを七宮に問いかけてみたところ、幸乃の思い通りにさせたくないから。なんて疲労と怒りを滲ませたような顔が向けられた。
疑問をぶつけた以上、内容の意味を諮るのが最善だとわかってはいるものの、いまの俺の脳裏を埋め尽くすのはこの質問と全く何ら関わりのない衝撃だった。
(.......ゆきの、って...ゆきのってよんでんのか、ああでもあいつもななみやのことななって...)
互いを愛称で呼び合うってことは、つまりそんだけ親しいってことなんだろう。
いやいやんなの、わかっていたが。でもそういえば、俺...あいつに一度も役職名以外で呼ばれたことねえ。いやまあ、それが当然だと言われてしまえばそれまでだが。でもなんか、
もぐもぐと咀嚼したハンバーグは、こんなに味気ないものだっただろうか。
「.....なんだ」
口から摘んで出てしまったのは、妙にいじけたもので、言って罪悪感。これでは七宮に失礼だ、ここまで連れてきてくれたのにこんな恩を仇で返すような行為...気を、悪くしてないだろうか。
「あいつはね、会長も知っての通り、昔から興味外のもんにはとことん無関心なやつなんですよ」
そんな俺の心情をまるで見透かしたように、今度は本当の笑みを浮かべながら七宮は続けた。
「あなたらの間でなにがあったのかは知りませんが、写真を消してくれって頼まれたあの日から、あいつ何かと会長の話題を出すんですよ」
「っ、」
「意外でしょ。長年あいつのダチやってる俺ですら驚いたからなぁ。まあ内容は、やれ会長は受け体質だ、やれ虐め甲斐があるだの、あいつらしいどうしようもねえもんばっかなんですけどね。
あ、でもさっきのは違ったな。なんだっけ、…そうだ確か」
ひとりっきりで泣いてるの見ると、イライラするんだよね。
「......まあ結局俺がなにを言いたいかって、会長」
「......」
「あいつはきっと、あなたの味方ですよ」
迷いなく、そう断言されて。だめだと思った束の間、視界がぼやけ始めた。
一面の闇のなか俺を嘲笑うように一心に向けられる数え切れない敵意は、味方なんてもう誰もいないという事実を目の当たりにさせられて。
辛くて、苦しくて、それでもひとりで乗り越えていかなくてはならなかった。それしか方法はなかった。
だけど、本当は、本音は、いつだって助けを焦がれていた。助けて、そのひとことが言いたかった。
「.......」
「....かいちょう、...っ!っていって!おいこら幸乃、なに平然と人の頭ペットボトルの角で殴ってんだよ」
「あのさぁ、ナナ。これどういうこと?」
頭上から聞こえてきた透き通るような声に三谷瀬が戻ってきたことを知って。けどその声色はどこか怒りを滲ませたように感じられた。鈍い音と共に七宮が睨みを利かせた相手は、いま、誰よりも求めていた人物で。
「どういうことって...どういうことだよ」
「そのままの意味。なんで会長が泣いてるのか、知らないわけないよね」
「いや、まあ...大方原因はおまえなんだけどな」
ははは、と苦々しい笑みを浮かべながら言葉を濁す七宮をちらりと見て、三谷瀬はため息をついた。
俺はそんな三谷瀬のブレザーの裾を控え気味に、きゅ、と掴み、口を開いた
言い焦がれていた、その一言を伝えるために。
「みやせ、たすけて」
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