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願望と夢
夢をみた。
放課後の生徒会室にはみんながいた。双子が仕事への不満をぼやきながら休みたいと駄々をこねて、それを俺が一蹴して、そんな光景を楽しそうに、微笑ましそうに博哉が目を細めていた。きもいぞ博哉とまた俺が一蹴して、理不尽!とあいつが吼える。
ぎゃあぎゃあととても静かに仕事をこなせる環境じゃなくなっても信朗だけはもくもくと書類を捌いてて。
もはやお祭り騒ぎなこの場を見兼ねた譲がお茶を淹れに席を立って、それに気づいた双子が息ぴったりに歓声を上げたのを呆れ眼でため息をついて、フォローのつもりか肩にぽん、と手を置いてきた博哉の手を雑に払うと扱いが雑!とまた吼えた。
譲がお茶の準備に取り掛かるとタイミングを見計らったように生徒会室の扉が開いた。ノックもなしにと、怒りの矛先を向けても、そいつは、凌汰は悪びれる様子もなくにこりと笑って俺の隣の席に座った。
ふと凌汰が扉の方に目をやるから、釣られて俺も向けば、あらゆる側面から見ても随分と平均的な男子ー七宮が所在無さそうに立っていた。
おまえも早く来いって誘うと少しだけ顔を柔かくさせて凌汰とは反対の、俺の隣に静かに腰をおろした。ようやく全員が席について、譲が一人ずつ丁寧に紅茶を淹れに回ってる間、思い出したように博哉が席を立ち、給水室へと自ら焼いたのだろうお菓子を取りに行って、綺麗に盛り付けされたクッキーやカップケーキを机に並べた。
博哉の料理面に関しての腕はみんな知っている。たちまち色めき立つ場にはじめは腰に手を当て自慢げに目を細めていた博哉だったけど、はやくたべたいな、博哉のお菓子はとてもおいしいから、なんてそわそわと甘いお菓子を見つめる俺の姿に気づくと途端に照れくさそうに笑った。
しあわせだな。ふとそんなことを思った。譲の淹れた美味しい紅茶が飲めて、博哉の焼く甘いお菓子が食べられて、双子はやかましいけどなんだかんだかわいいやつらだし、信朗はちゃんと仕事をしてくれてその上とても癒されるんだ。
そんな俺の傍にはいつだって凌汰がいてくれて、大好きな笑顔を向けてくれる。
七宮も出会って間もないという事実を忘れるくらい信頼できる存在だ。
だからこそじぶんはとても恵まれてると思う。こんななんてことない日常が、ずっと、ずっと続けばいいのに。柄ではないがそう静かに願った。
ーーでも。でもまだ、あとなにかが足りない気がする。譲がいて博哉がいて、双子も信朗も凌汰も七宮もいて。紅茶もお菓子もあるのに、これ以上を望んだら罰があたってしまうんじゃないかってくらい満たされてるはずなのに。
それなのに、まだ、まだなにか、だれかの存在が足りない。そのひとがいなきゃなんだかとてもかなしいし、そのたりないなにかが埋まれば、もっともっとしあわせなきもちになれるはずなのに。
そんなことをぼんやりと考えてたらさっきまで楽しかった気分がしゅん、と萎んでしまって、クッキーを咀嚼するスピードもゆっくりとしたものになってしまった。
俺の纏う空気がさっきまでと比べてわかりやすく重たくなったことに、いち早く気づいた凌汰がちいさくため息をついて、いきなり席を立った。
そして俺の腕を引っ張って無理やり立たせると、ぐいぐいと背中を押して扉の前まで連れてくる。
突然の不可解な行動に訝し気に振り返ると、凌汰はふわりと微笑んでドアノブを引いた。背後越しにみえた窓の向こうでは桜が舞い散っていて、凌汰の笑みと相まって儚く映った。
だからか、それがなんだか最後の別れのように思えて、呼び止めようと焦りながら凌汰の名前を呼ぼうとしたら、それを遮って、とん…と静かに扉の外へと背中を押された。
「結ちゃん、がんばれ。」
そして冒頭に戻る。夢を見た。生徒会の役員と七宮と、凌汰がいて、みんなで笑いあってる、そんな夢。
りょうた!って叫びながら飛び起きたのは無かったことにしよう。ここがこの階唯一の部屋である生徒会室でよかった。 じゃなかったら恥ずかしすぎる、いろいろと。
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