658人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
日常と非日常
ああ……
「美衣！ほら、この間話した、今一番人気のチョコレート。美衣の喜ぶ顔が見たくて、わざわざネットで購入したんです！」
「譲さんきゅー！すっげえ嬉しい！」
「ほら美衣ちゃん。俺の膝の上で食べたら～？」
「「美衣美衣！僕等が食べさしてあげるよ！」」
「………み、…あ……」
「ちょっ、みんなってば俺の身体は一つなんだぜ？だから皆で仲良く食べればいいだろ？」
ああぁあぁ……うるさいうるさいうるさい！！！
どうにもならない怒りは、目前に山のように積まれている書類の束を睨みつけることでしか鎮められず。
ここは生徒会室で、仕事をするために建設された空間であって、お前らみたいな正体不明の黒毬藻にゾッコン中で、仕事も何もせずたった一人の生徒のご機嫌とりをするなんて、あっちゃいけないことだろうが。
というかそもそも、なぜ一般生徒である黒毬藻…いや、毬藻に失礼か
地球外生命体が、ここ生徒会室にいやがるんだ…！！
たしか暴動を防ぐため、ここを一般生徒が出入りするのは禁じられていたはずだぞ。
……というかまぁ、大体の犯人の目星はついているけど……
忙しなく黒毬藻にひっつき回り、規則を破ってでも生徒会室に連れてきたのは……他でもない、俺以外の生徒会のメンバーだ。
学園を背負う存在の俺たち、生徒会の役目は大まかにいえば、イベントなどの決めごとや会議、桁違いの量の書類の作成からチェックまで。
重要なものから、まるで雑用みてえなものまで。それら全てを集めれば生徒会がこなす仕事量は半端なく。
６人で分担したって毎回期限ギリギリなのに、それを今は、俺一人でこなしている状況だ。
理由なんて、単純で尚且つ明確。他の役員全員が仕事を放棄しているからだ。俺になんて目もくれず。
どうしてこんなことになったのだろうか……
昔、といってもまだ１ヶ月も経ってないけど…
前は皆、仲が良かった方はずだ。
生徒会長である俺が揶揄混じりに他のメンバーに指示を出して、
副委員長の永原譲(ﾅｶﾞﾊﾗ ﾕｽﾞﾙ)が優しい笑顔を浮かべて、一人一人の好みにあった美味い紅茶を煎れて、
会計の密門博哉(ﾐﾂｶﾄﾞﾋﾛﾔ)は下半身ユルユルで、心身共にチャラいと噂されているが、根はすごい良い奴で、生徒会の良きムードメーカーになってくれた、
書記であり双子の宮城隆一と裕一(ﾐﾔｼﾛ ﾘｭｳｲﾁ・ﾕｳｲﾁ)。兄が隆一で裕一が弟。いつも２人一緒で、いつだって無邪気な笑顔を見せてくれた。
そして補佐の坂下 信朗(ｻｶｼﾀ ﾉﾌﾞｱｷ)。デカい図体してるくせに内気で無口、基本無表情。でも時々見せるはにかんだような笑みは可愛くて、生徒会のマスコット的存在で癒やされていた。
…信頼、し合っていた。何よりも安堵できて居心地のいい場所だとそう思っていた。少なくとも俺は。
くさいことを言ってしまうと、この先どんなにつらい仕事や困難が待ち受けていようが、このメンバーなら。こいつらとなら難なく乗り越えていけるって。信じて…いたのにっ、
それは……ただの俺の自惚れだったようだ。
壊れてしまった。突然嵐の如く学園へやってきた地球外生命体ーたった一人の生徒の手によって。こうも呆気なく。
平穏な日常が儚くも崩れ去ってしまった、始まりは何だったか……
はっ、思い出したくもねえ。脳裏に過ぎるだけで不愉快だ。
誰だって信じらんねえだろう。一人の生徒によって機能しなくなった権力者の末路なんてもん。
現に今の学園は崩壊しかけているのだから。
理事長の甥というコネを乱用してこの学園へと越してきたこいつは、次々に親衛隊まである美形共を虜にしていき、ビッチのように愛想を振り撒き散らし(それは本人の意図かどうかはわからんが)やがった。
そんなこいつに魅了されたんだか知らないが、惚れに惚れちまった生徒会役員は、他の者へ抜け駆けされないよう、我先にと仕事をボイコットし転校生に纏いっぱなし。
そんな転校生にキレた親衛隊たちは、制裁と称し、卑劣ないじめを行う。
そんな大きな罅を見逃すわけもなく、学園内では厳つい所謂ガチムチヤロー共が愛らしい容姿をしたチワワを強姦したり、日頃の鬱憤を晴らしたい故に、一般生徒同士のデモや暴力事件が目立つようになった。
そんな後絶たぬ問題に、風紀は目まぐるしくも間に合わない取り締まりを行っていたりと。
歴史長いこの学園でも、恐らくこのような亀裂が走るなんて創立始まって以来なのではないか。
はあ……と何度目かもわからない深く重いため息が無意識ながら零れる。
「おい結来っ！！！何ため息なんてついてんだよ！俺たち親友だろ！？悩みがあんなら親友の俺に話せよな！」
………なんなんだ、こいつは。
やたらと甲高く、でけえ喚き声が、疲れきっている心身に不快感をもたらす。…訂正、不快なんてそんな甘いもんじゃない。憎悪、怒りや憎しみに近いかんじだな。うん。
っつかそもそも、誰がお前みてえなビッチと親友だって？ああ？俺は親友どころか、同じ人種だとすら思ってねえわ！
俺は人間。
おまえは宇宙人。
一緒にすんなボケ。
それにこのため息から始まって、悩みの種とか全部全部……８割方てめえが原因だわっっ!！!
ちなみに残りの２割は、仕事をしない役員への呆れと、６人分の仕事に追われて、最近満足に睡眠や食事時間もとれてないことへのストレスだ。
それから、後！
……結来…、って呼ぶな！！
俺の本名――咲谷結来( ｻｸﾔ ﾕｲｷ)。厳ついくらい、ザ・男の俺なんかとは似ても似つかない女みたいな名前が、俺は昔っからコンプレックスだった。
親しい存在にあたる者にだって下の名前では呼ばせないようにしてるのに。あろうことか、この宇宙人は出会って５分で俺の親友を名乗り、その特権として互いを愛称で呼び合おう。そんな鳥肌もんの宣言を満面の笑みで言ってのけてきたのだ。
……勘違い乙。自称親友キラーですか、おめでたい。
今まで幾度となく疑問に疑問を積層してきたが、なにゆえこんな、色々と痛い奴に、皆は現を抜かしているのか……
本望ではなかったのかもしれんが、生徒会役員に選ばれたからには責任感とか、そういうものは無くなってしまったのか？
学園中を裏切ってでも、転校生に気に入ってもらえればそれで良いのか？
………なんで、俺を置いてお前らは離れてしまったんだ……っ
「…………黙れ。とっとと部外者はここから消え失せろ」
「なっ！？〜〜っ親友にそんなこと言うなんて最低だぞ！それに、部外者なんて悲しいこと言うなよ！俺たち親友だろ！？」
「俺はてめえなんぞと親友になった覚えはねえ。いいからさっさと出ていけ。俺にはまだ、仕事がたくさん残っているんだ」
「っ、そんな酷いことばっか言ってるから、結来の周りには人がいねえんだよ！謝れよ!今謝れば俺も許してや……」
必要以上にバカでかい転校生の声を遮るように、俺が机を叩くけたたましい衝撃音が部屋に響いた。
一瞬にして、先程までの気分が悪くなりそうな談笑が、嘘だったかのようにピタリと止んだ。
「もう一度だけ言う……出ていけ」
喉元から振り絞られたのは自分でも驚くほど感情の籠もっていない声音だった。
真っ黒で、顔の半分以上覆い尽くしている、見るからにズラな天パのせいで表情は読めない……が、
先切れそうなほど噛み締められている唇から察するに…
心中で沸々と煮え立たせているのは――憤怒……だろうか。
…いや、どっちに転ぼうが所詮俺にはどうでもいいことだな。
そいつのご機嫌とりはもうすでに間に合っているだろうし。
だが、そんな俺とは裏腹に、当然とでもいうのか“あいつら”は違った
「あなた最低です。見損ないました……会長」
怒りからくるものか、小刻みに震える転校生を庇うように前へと躍り出てきたのは……
『仕事して下さいよ。－－バ会長。』
ゆ、ずる………
いつだって温かい笑みを浮かべてた譲からは想像もできないような、冷たい、冷たい瞳。
バ会長、と悪態をつきながらも、俺の顔に疲労の文字が見えればすぐさま俺の大好きなミルクティーを煎れてくれた。どうだってなかったそんな日常が、今はやけに遠い日々の出来事のように思えた。
そんな譲に守られるように、転校生は譲の背中に隠れる。
―――そんななんでももないように譲に頼る転校生に苛立った。
「美衣ちゃん、半径５メートル以内に会長に近づいたら妊娠させられちゃうよ～？」
『ほら会長～。いくら会長ができる子だって、無理は禁物だよ！身体壊したら元も子もないでしょーが』
博哉…っ、
何が愉しいのかニヤニヤと口元を緩めて軽口を叩く博哉だが……瞳は…笑っていなかった……。一直線へ向かってくる俺への憎悪の眼差しに、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
「「もうさーー、ここにいても横暴な誰かさんのせいで苛々するし、どっか別のとこ行こうよー」」
『『ねえ会ちょー！この仕事終わったらさあ、食堂の期間限定ケーキっ、食べにいこうよ！』』
隆一……裕一……
全く同じ動作で不満そうに口を尖らせている双子。転校生の肩を両側から抱くその光景に、強く強く拳を握りなおした。
「……みい…い、こ……」
『……か…ちょ、……な、か…てつ…だ……』
お前まで……信朗……
平素通りの無表情だが、吐き出される声色はいつもより何トーンか低い。
「………そうだなっ！結来の八つ当たりには付き合いきれないしな！」
いつの間にか、転校生の震えはなくなっていて。踵を返し、転校生を中心に役員全員がこの部屋から出て行った。
――――誰も、一人として、俺のことなんて見向きもせずに……
「……………っ、」
静寂な空気に包まれた生徒会室にいるのは俺だけで、
目の前には俺を嘲笑うように積まれた書類の山。
ぐるっと当たりを見渡せば、個人個人に用意されている役員の机には埃が被さっていた。それはどれだけ利用されていないかを物語っていて……
―――だから結来の周りには人がいねえんだぞ!!
「――っ、…っく、しょおぉおぉぉぉ！！！」
お前が……お前がそれをほざくかのか？
俺の仲間を…なにより大切だった居場所までを奪った、お前が……！
「………ざ、けんな……っ、」
椅子の背もたれに全体重をかければ僅かに後ろへ傾いた。
片手で目許を覆えば、一面の暗闇に放り込まれる。
暗闇の中見えるのは転校生がくる前の、幸せだった日々。
俺がいて、譲がいて、博哉がいて、隆一と裕一がいて、そして信朗がいる。
………あの日常が…幸せ、だったんだな………
途端に込み上げた熱いものをせき止めるように、グッと拳に力を込め直した。
最初のコメントを投稿しよう！