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錠が回る感触が、右手に伝わってきた。桃瀬莉央は胸のうちで快哉を叫んだ。
自分の家の錠で、何度も練習した甲斐があった。鍵穴からヘアピンを引き抜く。
そっとドアノブを掴んで、静かに回す。抵抗感なく、九十度回った。
音を立てずに手前に引く。人が一人通れる程度開けて、桃瀬は慎重に体を滑り込ませた。
開けた時と同様、音を立てずに扉を閉じる。隙間から侵入していた月明かりが遮断され、闇が訪れた。
三和土に並べられた靴の数すら視認できない。けれど、明かりを点ける訳にはいかない。
目が、暗闇に慣れるのを待った。この家の間取りは、不動産屋から入手していた。
木造二階建ての、三DK。一階に一部屋と、二階に二部屋。玄関上がってすぐ右側に二階に続く階段。
階段横にトイレがあり、短い廊下の先が、八畳の和室とDK。
桃瀬の目的は二階の洋間。暗順応した瞳と記憶を頼りに、土足のまま上がり框に足を下ろす。
「……!」
とほぼ同時に、目の前の和室の部屋が灯った。突然の点灯に、口から飛び出しそうになった驚きをすんでで飲み込む。
鍵を開ける前に確認した時刻は、午前二時十五分。まだ起きているのか。想定外だ。
ーーいや、違う。電灯は点いていたのではなく、点いたのだ。
起きていたのなら電灯は点いたままのはずだし、起き出してきたのなら足音がするはずだ。
二階から下りてくる音や、部屋の中を歩き回る音すらしなかった。
電灯の点灯はまるで、桃瀬莉央の訪問を歓迎しているかのようだ。
計画は筒抜けなのか。奥歯を噛んで感情を抑える。
一筋縄ではいかない相手なのは分かっていた。計画が順調に進むとは初めから思っていない。
歓迎は予想外だったが、起きている可能性があることも考慮はしていた。計画が漏れているのなら、気配を隠しておく必要がない。
短い廊下を大股で歩き、和室の部屋へと続く扉を開け放つ。
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