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仕事関連でたまに慧の屋敷に来るが、優衣さんとは会食で一度会ったきりだ。挨拶を交わしただけで会話らしい会話もなく、人となりはわからない。品が良くて素直そうな、可愛い顔立ちだったのは印象に残ってる。
「家庭教師の件は考えておく。コンビニに行くけど慧はどうする」
「もう少し待てば、佐々木さんが帰ってくるぞ」
「気分転換に歩いてくるよ。なに飲む?」
「アイスココア。とアルフォート」
甘党のメガネっ子は、ずれたフレームを片手で押し上げ、またモニターに視線を落とした。
***
純和風の板張りの長い廊下を歩き玄関に出ると、上がり框に一冊の薄い本とプリントが数枚落ちていた。
拾い上げると体育祭の選手リストに数学の答案用紙だった。五十五点。ひどくもないが良くもない。
次に薄い本をぱらぱらとめくった。エッセイや短い物語が載っている。文芸部の作品集か。
目にとまったページを吸い込まれるように読んだ。
タイトルは「色、音、人、世界」。
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