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その日の夜、響からの連絡で、弟の久志君が暫く同居することになったと報告を受けた。
電話の声はいつもと変わりなくて、久志君を置いてお母さんは横浜に帰って行った話をしてくれた。
腰も大丈夫だと話す。
暫く他愛ない話をして、電話を切った
久志君が暫く響の側に居る。
それに、安堵した自分が居た。
守りきれなかったら罪悪感と、2度とあんな思いをさせたくない気持ちから、そんな風に思ったんだと思う。
風呂に入ろうと、脱衣場で服を脱いだ。
腕の包帯を取る。
3本線が並ぶように腕に5センチくらいの引っ掻き傷。
響の方がよほど恐くて、辛い思いをしてる。
なのに、安堵した自分に呆れた。
「最低だな…俺」
守りきれなかった挙げ句、そんな風になる自分が情けなかった。
翌日、今のコンディションで対応するにはキツイ奴が俺のデスクの椅子に座っていた。
「おはようさん」
松山だ。
「お前…何でいんの?」
「今日は午後から国際フォーラムである会議に出席しに来たんや」
「じゃぁ、午後から国際フォーラムに行けばいいだろ?何で俺の席に…」
早めに来て、昨日やりきれなかった仕事をしようと思ってたのに…
まだ誰も居ないと思って出社したら、まさかの松山だ。
それに枝野さんが既に白衣を着て、研究室で準備をしていた。
あれ?
「なぁ、国分。今日一緒にランチしようや。ちょっと早目に食ったら会議間に合うし」
そう話す松山と、こちらを全く気にせずに試験管を並べている枝野さんの姿を交互に見る。
「一緒に来たのか?」
「へっ?」
「枝野さんと一緒に来たのか?」
「い、い、いや?」
明らかにおかしい反応。
研究室は鍵が掛かっていて、関係者のパスでしか入れない。
「じゃ、枝野さんが入れてくれたのか?」
「そ、そ、そや!」
何か違和感。
「いつから付き合ってんの?」
「1ヶ月前や…、えっ、あっ、うぉ!あぁーっ!」
やっぱりそうか。
「お前…何やねん!騙したな!?」
「騙してない。自爆しんだろ?」
「あかんて!」
「何が?」
「あかんねん!」
「何がだよ」
そのやり取りをしていると、コンコンとガラス窓を叩く音がした。
見ると、枝野さんが研究室のガラス張りの窓から、こちらを冷たい目で見ていた。
松山に、親指で地獄に落ちろのジェスチャー。
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