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午後から勤務し、俺は研究室に籠り分析を繰り返した。
単純で気が遠くなるほどの作業。
ほとんど徹夜の身体。
眠くなってもおかしくないのに、頭は冴えていた。
そして、トイレの片隅で震えて怯えていた響がフラッシュバックする。
手元が狂い、スライドを地面に落として割ってしまった。
「大丈夫ですか?」
近くに居た後輩が拾おうと手を伸ばしてくれた。
「大丈夫、自分でやるから。ありがとう」
ちり取りと小さなホウキで片してしまう。
「国分、休憩してきなさい」
様子を見ていたのか、枝野さんにそう声を掛けられた。
「いや、でも…」
「15分休むだけでも違うから」
そう言われて、研究室から出た。
ゴーグルを取り、白衣を脱いでデスクに置いた。
そして、部屋を出てすぐ横にある休憩スペースの自販機で缶コーヒーを買って、いくつかあるテーブルの一席に座った。
缶コーヒーをテーブルに置いて、息をつく。
胸の中で震える響の感触を鮮明に思い出す。
グッと拳を握った時だった。
「国分さぁん」
そう呼ばれて後ろから顔を覗き込まれた。
パッと視界に現れたのは浅野だった。
「休憩ですかぁ?」
ニコッと笑って俺の横に立っていた。
「あ、あぁ…」
「あれ、元気ない。どうしました?」
「いや…」
今、浅野と話すのは抵抗があった。
「響、元気にしてます?」
「……あぁ」
一瞬迷ったが、話せる内容じゃない。
嘘になるけど、そう返した。
「また4人で、前みたいにご飯とか行きたいですね」
「…あぁ」
響は、元通り生活出来るんだろうか…。
捕まったから終わりって、そんな簡単な話じゃない。
やっぱり、暫くはまだ一緒に住んで…
いや、でも、
守れなかったのに…?
「国分さん」
浅野に呼ばれてハッとする。
彼女は寂しそうに眉を下げて笑った。
「完全に心ここにあらずでしたよ…」
「あっ、ごめん」
「…酷いです」
浅野はそう肩を落とした。
「浅野?」
「みんな、誰も私の相手してくれなくて…」
「いや、そんなことないだろ?水木と昨日少し話したけど、浅野の話ばかりしてた」
俺の言葉に浅野は苦笑い。
「直人と、顔見てちゃんと話せる時間が少な過ぎて…」
浅野は今にも泣き出しそうな顔でそう話した。
「浅野先輩!」
休憩室入り口のガラス張りから、浅野を呼ぶインフォメ制服の女性。
「あっ、ちょっと運びものがあって来ただけなんです。すみません、愚痴っちゃって…」
浅野はそう言って走り去って行った。
浅野のあんな顔ははじめてだ。
水木に知らせておいた方がいいかもしれないと思ったけれど、アイツはアイツで仕事でいっぱいのはずだ…
知らせて心配させても仕方がない。
二人で乗り越えることだ。
俺が関わる話じゃない。
それよりも、響のことだ…
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