「プロローグ」
1/1

「プロローグ」

  「ここは……どこだ?」  意識が混濁している。  周りを見渡した瞬間、頭にドクドクと熱い感覚。  そして激痛が走る。 「――ッ!」  あぁ、少し思い出した。  ここはたしか……俺の家だ。  俺は母さんと二つ下の妹で、三人暮らしをしている。父さんは俺が一歳の時に行方不明になったらしい。  ある日、母さんが一人の男性を俺と妹に紹介してきた。  後に再婚して義父になる男だ。  だが、その正体が暴力大好きのDV男だと言うことを知らず、母さんは毒牙にかかってしまった。  幾度となく繰り返される暴力に耐えることが出来ず、自らの命を断ってしまったのだ。  俺はここまで思い出すことが出来た。 「――ッ! 叫び声が……急がないと!」  突然、聞こえてきた声の方向を見ると、"俺"が妹の部屋に向かって全力で走っていた。  なんでだ? 幽体離脱……か?  次第に遠くなっていく俺を見ると、手には何も持っていなく、素手のままだということに気づいた。  咄嗟に俺も後を追うように走った。  辿り着いたのは妹の部屋だ。  ゆっくりドアを開けると、義父が酒を煽りながら椅子にふんぞり返って座っており、その隣で妹が床に倒れているのに気が付いた。 「――チッ! ったく、あのくそ女がよぉ」  義父が壁を見ながら悪態をつく。  いきなり発せられた声に驚きそうになったが、俺はバレないようにゆっくりと妹の元へ歩いて行った。  妹の近くまで忍び足で歩くと、とても小さく、消え去りそうな声が俺の耳に入ってきた。 「お兄、ちゃん……た、助けて」  妹の声を聞き、俺はすぐさま激昂した。  そして力任せに義父に殴りかかった。 「次はお前かぁ? ああ?  お前もおもちゃになってくれるんだなぁ!?」  酔っているおかげで偶然にも俺のパンチが頬に当たり、義父が少しよろけた隙に、俺は妹の手を引いて急いで部屋から抜け出して逃げた。  走る。走る。走る。  何度も転びかけるも、玄関まであと少しだ……!  家から脱出が出来れば助けを呼べるはずだ。妹を助けることが出来る……!  そう思った瞬間――  義父の投げたビンが俺の後頭部へと直撃した。  あまりの衝撃に俺は前のめりに倒れこんでいた。 「いや……いやぁぁぁ!!」  妹が大声で叫び、泣き崩れる。  倒れている俺を必死に起こそうと揺さぶっているが、反応がない。  なんだ、これ? 「お、お願いお兄ちゃん起きて! 一人にしないで!」 「今すぐあの女の所に連れてってやるからよぉ」  妹の元に義父が近づいて行く所で俺の意識が途切れた。  周りの背景が剥がれるように崩れると、真っ白な部屋へと切り替わった。 「全部、全部思い出した……」  溢れ出る涙が後悔を募らせ、俺は泣き叫んだ。  なんてことだ。  妹を守りきれずに死んで……しまったんだ。 「やぁ、全て思い出したんだね」  声がした方へ顔を向けると、目の前にいたのは茶色の髪に少しウェーブがかかっており、鼻が高い男性だ。 「え? 誰……ですか?」 「僕かい? 僕は神様だよ」  神様? 馬鹿げてる、この男はきっと嘘をついている。  泣き崩れている俺をおちょくっているんだろう。  だが、俺はある事を聞かずには居られなかった。 「あの、妹はどうなったんでしょうか……?」  見えたのは俺が死ぬまでの時間だ。  もしかしたら助かったかもしれない。  そんな一縷(いちる)の望みをかけて俺は神様に聞いてみた。 「妹は助かったよ、義父は警察に捕まって殺人罪で刑務所送りになったみたいだね」  妹が助かったと聞き、俺は思わず、瞠若(どうじゃく)した。 「よかった、よかったぁ……」  『妹が助かった』  その言葉を聞いた瞬間、何故か気持ちが軽くなったような感覚に陥る。  きっと、これが未練が無くなったという事だろうか? 「あの、今更ですが、貴方は何者ですか?」 「僕かい? 僕はね……ふふ、神様と呼ばれているね」  神様は少し笑いながら懐かしい物を見るような目で俺をまじまじと見てきた。 「実はね、君を異世界へと転生させようと思うんだけど良いかい?」 「構わないですが、何故俺なんでしょうか?」  俺は不思議に思いながら神様に質問をした。  意味もなくただの十六歳を異世界へと転生させるわけが無い。 「ある人に頼まれたんだよ」 「誰に、ですか……?」 「ふふ、それは流石に言えないねぇ」  神様はニヤリと笑うと、回転式の抽選機の元へと向かった。 「これはなんですか?」 「んー、ふふふ、君にはまだ早いかな。でもいずれ、わかる時が来るよ」   神様は色々と説明したそうにしていたがグッとこらえるポーズをとっている。 「その、異世界についての説明などはないんですか?」  まだ信じられないが、もし本当に異世界に転生するなら事前に色々と知っておきたい。 「記憶が残ってるってだけでも嬉しいと思わないかい? 自分で知って行くと言うのも大事なことだよ」  確かに……。 「では、そろそろ転生しようか? 最後に言っておくね。  『君は自由だ! 好きな事を学び、新しい人生を後悔しないように謳歌して欲しい』  それじゃあ、また会えるかは分からないけど……ね」  神様がそう言い放つと、俺の周りに光が集まっていく。  転生……か。  泣き叫びながら俺の遺体を揺らす妹の姿が思い起こされ、俺は唾を呑み込む。  俺は、今度こそ! 大切な人を守れるように。  新しい人生では後悔せずに生きたい……!  ――そして俺の意識がプツリと途切れた。 「君の子を……約束、半分達成したよ。タカシ――」  真っ白な世界で呟かれたその言葉は、誰にも届かず、淡く消えていった。