【問3】平行線上の未来を求めよ

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気を取り直して、咳払いをひとつ挟んでから、大きめに息を吸い込む。 「あのな、小鳥遊。よく聞いとけ」 手を伸ばして、栗色の髪のあいだに指を差し込むと、小鳥遊はびくっと身を固くした。 振り向かないままの背中に向かって、俺は語りかける。 「お前な。今度、誰かに告白するときは、もっと違う言い方にしろよ」 ふわふわの髪は見た目通りの手触りだった。指を滑らせて、くしゃりと混ぜるようにする。 「好きです、はいいけどな。あんなの、身体目当てなんだなって普通、思うだろ?」 俺は思わないよ。 お前がただの恋愛経験のないバカで、ただ俺のことが好きなだけの、バカ正直なバカだってわかったからな。 でも最初は思った。 「好きになった相手、傷つけたくなかったら、ああいう言い方はやめろよ。いきなりキスしたり触ったりすんのも、絶対ダメだぞ」 ちゃんと順番を守れ、犯罪だからな。 一言ずつ、子供に言い含めるように……内容はアレだけど。 小鳥遊は背中を硬直させたまま動かない。何も言わない。本当に拗ねた子供みたいだ。 少し俯いたその頭を、ぐしゃぐしゃと撫でつけてやる。 「わかったか?」と、数学の解説をしてやるときのように、わざと軽く言ってから手を離した。 せんせい、と立ち消えそうな声。洟をすする音も聞こえる。でもその肩は震えたりはしていなくて、やがて意を決したように小さく身動ぐ。 上半身だけで振り向いた小鳥遊は、泣いてはいなかった。 ただ泣いたあとのようにじんわり赤くなっただけの目元で、真っ直ぐに俺を見て、 「せんせい、だいすきです。俺と恋人になってください」 そう言った。 やればできるんじゃねえか。無意識に口角が上がる。 思っていたよりだいぶバカで、相当ぶっ飛んではいるが、言われたことはきちんと守る。 素直な小鳥遊を可愛いと思った。 人差し指と親指で、小鳥遊の鼻をぎゅむっと摘む。 この感情は、生徒に向けるそれだ。 恋愛じゃない。 「十年早いんだよ……ばあか」 摘んだ鼻を引っ張って、ちょっとだけ顔を近づけてから、笑ってみせた。 小鳥遊は目をまんまるくさせて、何度かぱちぱち瞬いて。 それからぽかりと開けた口で「ええー?」と心底不満げな声を漏らした。 「え、今の、そういう流れじゃないんですか?」 「んなわけねえだろ。何回も言わすな、犯罪だっつーの」 「ええ、嘘ぉ? そんなぁ」 さっきの殊勝な顔は何だったのか。眉を八の字にして嘆く小鳥遊は、紛れもなく十六歳の子供の表情をしていた。 「大人になったら考えてやるよ」 「大人って何歳ですかっ」 「さあなぁ」 俺も知りたいよ。とは口には出さない。今度は正面から小鳥遊の頭をわしわし撫でてやった。 世の中にはどうしようもない事がある。 お前が俺よりひとまわりも遅く生まれてきたこととか、教師と生徒として出会ったこととか、そうじゃなかったら出会ってないかもしれないこととか。 それでも、今は限りなく平行に近く見えても、延長線上ではいつか交わる。 そういう軌道上に俺たちがいるのだという確率は、ゼロではない。 たぶんな。 どうだろうな? 「せんせいに頭撫でられて、勃ったんですけど……責任とってください」 「お前さ、俺の話聞いてた?」 「だってせんせいのせいですもん! ちんこさわってください!」 どちらにしても、計算じゃ出せないその答えがわかるまでは、かなり時間がかかりそうだ。 了
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