60人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
焦点の合わない距離で小鳥遊の睫毛が震えている。
壁ドンって本当に逃げ場、ないんだな、と頭のどこかで思った。
唇を小鳥遊のそれで塞がれている。
俺より少し低い位置から、ちょっと背伸びをしているのだろう、押し付けるようにされて後頭部が壁に当たった。痛い。
あ、キスされてしまった、と思ったところまでは、まだ良かった。
この歳にもなればキスのひとつやふたつ、大した問題じゃない。犬に舐められたようなもんだ。
だが、開いた唇の間から舌が侵入してきた瞬間、さすがに焦りが生まれた。
「んぅ……っ」
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
慌てて押し退けようにも、いつの間にか右手の手首を掴まれていて、片手ではろくな抵抗にならない。
技巧も何もない、ただこっちの口の中を無闇に舌で探るだけの、見様見真似のディープキス。
そこまでやるか、という動揺は、しかしすぐに信じがたい現実によってあっさり凌駕された。
「ッむ、ん、っ! ……っおい、どこさわって……!」
小鳥遊の片方の手のひらが、はっきりと意志を持った動きで、スラックス越しに俺の下半身に触れた。
「だって、やっと目が合ったんで、嬉しくて」
「ッ、はあっ?」
「せんせい、さっきから全然、俺のほう見てくれなかったから」
ぐ、と中心を露骨に掴んだ手が、無遠慮に蠢く。
未だ成長途中であろう小鳥遊の手は俺よりも小さい。まさぐる手つきは性急で、スラックスにいかがわしい皺がつくんじゃないかと妙な心配をした。
「本当は、俺のも、さわってもらいたいけど。今日は我慢します。せんせいのちんこさわるほうが楽しそうだし」
「なっ……、だ、誰か来たらどうすんだ、バカ!」
「誰も来ないとこならいいの?」
「あ、よせって、小鳥遊! やめ……っ」
無理矢理身体を触られて、快楽に流されて抵抗できない……なんていうのは、エロ漫画の中だけの話だ。
まさか身を以て実感することになるとは思わなかった。
無理矢理が嫌だとか、気持ちいいとか悪いとか、そういう問題ですらない。
俺の頭の中には焦りしかなかった。
こんな状況、誰かに見られたら終わりだ。俺の人生だけじゃない。こいつだってただじゃ済まない。
そのくらい、わからないわけではないだろうに、小鳥遊は栗色の瞳に欲情を滲ませて、より強く俺の身体を壁に押し付けていた。
自由のきく左手で精一杯もがくが、体勢が悪すぎる。覆い被さってくる小鳥遊を押し返すだけのことがどうしてもできなかった。
そうしている間に、カチャ、と金属音が耳に届く。
小鳥遊の手が俺のベルトに触れたのだ。
「せんせい……生でさわりたい。さわっていい? ですか?」
形だけは俺の許可を求めている口調だが、ここまで何ひとつ、俺は許可などしていない。
案の定、小鳥遊は返事など待たず、片手で器用に俺のベルトのバックルを外してしまった。あっという間だった。
「ひっ……、やめ、やめろ! マジでっ」
大声を出すことも憚られ、拒絶の言葉を繰り返すばかりの口を再び塞がれた。
今度は唇ごと食べるように覆い尽くされる。
同時にスラックスの中に侵入してきた手が直接性器に触れて、悲鳴じみた引きつった声さえ、小鳥遊に飲み込まれた。
「……っ、ん、ふっ……!」
握った幹をやわやわと上下に扱かれる。反応なんてしていない、萎えたままだ。
しかし、高校生とはいえ男同士。触り方は的を射ていて、擽ったいような快感がじわじわと湧き上がってくる。
「んっ……、ぅあ……」
塞がれた唇から吐息が漏れる。鼻にかかった声が混ざっているのを自覚して、瞬間的に死にたくなった。
頭の中で警鐘が響いている。
これ以上はマジで、レイプだ。性的暴行だ。
教師として、生徒にそんな犯罪を犯させるわけにはいかない。
「ん……せんせい、可愛い……」
キスを中断し息を継いだ小鳥遊が、うっとりとそんなことを囁いた。
どう考えてもアラサー男のちんこを触りながら言う台詞じゃない。
くっきり二重で睫毛の長い、どちらかといえばそれこそ可愛い系に分類されるであろう、小鳥遊の目元に朱が差している。
どうやら本当に俺に興奮しているらしい。
そして興奮のあまり隙が生じていたのが、俺にとっては唯一の救いだった。
「……か」
「え?」
いつの間にか緩んでいた右手の拘束も振りほどいて、両手を小鳥遊の肩に乗せる。まだ出来上がっていない身体の、厚みのない肩。
「可愛いわけあるかぁ!!」
油断している小鳥遊を、渾身の力で押しのけて自身から引き剥がし、壁との隙間からどうにか脱出する。
ずり落ちかけたスラックスを片手で掴むと、俺は小鳥遊を放って、そのまま夢中で教室を飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!