トマト

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 「宮島さん、そこ間違ってるわ。」 「あ、私また…すみませんっ…」 いつも職場から聞こえてくる宮島さんと城野さんの会話。城野さんは俺の同期でとてつもない美人で仕事が出来る人だ。今日も城野さんの笑顔は美しい。一方、宮島さんは赤ら顔の少し丸っこい後輩。お世辞にも可愛いとは言えない容姿だ。それに仕事を覚えるのは遅いし、よくミスをする。宮島さんの教育係である城野さんが宮島さんのミスをフォローするのは当然だ。しかし毎日城野さんが宮島さんのミスを指摘する声が聞こえてくる。オドオドとした宮島さんの謝る声とともに。これは如何なものか。宮島さんは城野さんに頼りすぎじゃないか。俺は今日こそ一言いってやろうと思って席を立つ。 「宮島さんさー、ちょっと城野さんに迷惑かけすぎじゃない?いつまでも城野さんが助けてくれるわけじゃないんだからさー。」 「はっはい。す、すみません、ほんとに…」 また宮島さんはオドオドする。謝られてもイライラする。 「大丈夫よ、宮島さんは気にしないで。誰でも最初は出来ないわ。」 うわぁ、城野さん仕事が出来る美人の上に性格完璧かよ。それに比べて宮島さんは全く。 「佐々木さん、私は大丈夫だからあなたは仕事に戻って?」 城野さんににっこりと微笑まれながらそんなことを言われたら従うしかない。 「分かりましたけど…無理しないでくださいね。」 「…大丈夫です。」 城野さんは弱いところを見せない。何を言っても笑顔で返してくれる。本当にすごい人だ。俺は自分の仕事に戻った。  カタカタとキーボードを叩く。仕事を黙々と進めていると、また宮島さんが城野さんに謝っているのが聞こえた。またかよ。1日に何回ミスする気だよ。と、イライラが募る。俺はオドオドしているやつが嫌いだ。しかもあの宮島さんの赤ら顔。昔いじめてたやつを思い出して余計イライラする。  俺は小学生の頃もオドオドしたやつが嫌いで、宮島さんに少し似ている女をいじめていた。赤ら顔で少し背の小さくて丸っこいあいつはトマトみたいだった。だから俺はそいつをトマトって呼んだ。結構みんなにウケてみんなトマトと呼んでそいつをいじめるようになった。結局そいつは転校した気がする。  昔のことを思い出していたら唐突に、もしかしたら宮島さんが俺が昔いじめてたやつかも、とか思って宮島さんを少し観察してみる。確かに赤ら顔と少し丸っこいところは似ているが、そもそも名前が違う。そんな当たり前のことに気づいて宮島さんを観察するのをやめて仕事を再開する。  少し気になって、俺がいじめていたやつの名前を考えてみたが、もう思い出せなかった。まぁ小学生の時にいじめていたやつの名前なんて覚えてなくて当然か。何となく宮島ではなかったと思うが。  どうでもいいことを考えながら淡々と仕事をしていたらもう12時になっていた。うちの職場では12時からお昼休憩だ。 「城野さーん、一緒にお昼どうですかー。」 「いいですよ。少し待ってください。」 俺は宮島さんの教育で疲れているであろう城野さんの話でも聞いてあげようと思って城野さんをお昼に誘った。普通に城野さんと2人で食事がして、あの美しい笑顔を独り占めしたいという思いもあるが。  快く了承してくれた城野さんは仕事をキリのいいとこまで終わらせて俺のデスクまで来てくれた。 「お待たせしました。」 「いえいえ。行きましょうか。」 俺達はオフィスを出て、エレベーターに乗る。 エレベーターが動き出す。  「城野さん、宮島さんの教育係大変でしょう。大丈夫ですか?」 二人っきりになれたので早速聞いてみる。 「全然大丈夫ですよ。可愛い後輩ですもの。」 「ほんとですかー?」 「ええ。」 「俺はああいうタイプ無理なんですよねー。なんかオドオドしててめんどくさくないですか?しかも俺が昔いじめてたやつに似てるんですよね。あ、宮島さんってトマトに似てませんか?」 「佐々木さん。」 「はい?」 俺のイライラは結構溜まっていたらしく、口が止まらなかった。少し話しすぎて嫌だったかな、と城野さんの顔色を伺う。 「トマトは好きですか?」 俺の問には応えず、よくわからないことを聞いてくる城野さん。 「えーっと、特別好きって訳では無いですけど、美味しいので嫌いじゃないですよ。」 城野さんどうしたんだ?俺がトマトって言ったからか? 「…そうなんですか。私はどうしても好きになれないんです。」 城野さんが少し下を向いていてどんな表情をしているのか分からない。 「どうしてだと思います?」 さっきまで下を向いていたのに突然顔を上げて微笑んでくる城野さん。少し笑顔が怖いと思ってしまったのは気の所為だろうか。 「んー食感、とかですか?」 「不正解です。」 てきとうに応えてみる。それにしても俺達は一体なんの話しをしているのだろうか。城野さんの話の意図が読めない。 「実は私、小学生の頃いじめられてたんですよね。」 「はい?それほんとですか?城野さんをいじめるなんて、そんな奴俺が殴りに行きたいくらいですね。」 「あら、嬉しいこと言ってくれますね。じゃあ殴ってきてくれますか?」 「あはは、出来ることなら!」 この時俺は何も分かっていなかった。城野さんと楽しく話せて嬉しいとか馬鹿な事を考えていた。 「話がそれちゃいましたね。トマトはいじめられてた時のあだ名なんです。私の大嫌いなやつが私にあだ名を付けたんです。トマトって。」 「へー、トマトって言うあだ名を………え?」  トマトってあだ名を付けた?    偶然か?  俺の思考が止まる。嫌な汗が背中を流れた。 「だからトマトが嫌いなんですよ。」 城野さんの少しとがった声と、チーん、とエレベーターの目的の階に到着したことを知らせる音が俺をビクつかせた。ドアがゆっくりと開いていく。 「あれ、降りないんですか?」 城野さんは先に降りてエレベーターの前で俺を待っているようだ。でも俺は動けない。俺が小学生の頃いじめていたやつの名前を思い出してしまったからだ。  城野さんの声がとても遠くに聞こえる。怖くて城野さんと目を合わせることは出来ないが、視界に入る彼女は微笑んでいる。ずっと美しいと思っていたその微笑みは、もう美しいとは思えない。  どうやら俺は自分で自分のことを殴らなければいけないらしい。
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