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ある日の朝、とうとう我慢できなくなった私たちは長老の元を訪ねた。
「長老、なぜ私たちは外に出ることを許されないのです!?」
これでも控えめなほうだ。
同志の中には私たちが抱える理不尽に耐えきれず、暴動を起こした者もいる。
「またその話か。外に出られぬワケではなかろう。今はその時期ではないというだけじゃ」
長年、この一団をまとめてきただけあって長老は微塵も動じない。
今までだって同様の訴えをしてきた者も多くいたハズだ。
どうせその度に今みたいな答えで追い返してきたのだろう。
「しかし我々はもう1カ月ちかく閉じ込められているんですよ? 冷たくて、暗くて、狭いこんな場所に!」
「それにあの扉が開いたところで出られるのはたったのひとり! 僕たちに自由はないんですか?」
そうだそうだ、もっと言ってやれ。
これは正当な主張なんだ。
長老がどんな詭弁を弄しても私たちは屈しないぞ。
「愚か者どもめ。己が分際を弁えよ!」
長老は手にした杖を地面に突いて一喝した。
(分際、か……)
私はここに連れて来られた時のことを思い出した。
・
・
・
自分がどこでどうしていたのかは分からない。
いつの間にか目隠しをされていて、気が付けばここにいた。
「お、新人が来たぜ」
とても歓迎しているとは思えない下品な声がした。
「かわいそうになあ。あんな若いのにこんなところに閉じ込められるなんて」
「なに言ってんだ。若いからこそ外に出るチャンスも多いだろうよ。その点、オレたちにゃ希望もありゃしねえ」
注がれる私への評価はこんな感じだった。
どうやらとんでもない場所に来てしまったらしい。
いや、連れて来られたと言うべきか。
ここでの生活は苦痛だった。
言葉どおり、光の射さない暗闇だ。
初日などはまだ目隠しをされているのではないかと錯覚したほどだ。
徐々に目が慣れてくると周囲の様子が少しずつ明らかになっていく。
洞窟、と表現したらよいだろうか。
床も壁もずいぶんきれいなようだが、広さはせいぜい休憩所といったところで快適とはいえない。
外につながる扉は一カ所にしかなく、施錠されているワケでもないのにこちらからは開けることができなかった。
娯楽となるものは何もない。
よくよく見ると隅に乾燥剤のようなものが置いてあるだけだ。
こんなところにいたら心も体も腐ってしまう!
私はどうにか脱出を試みた。
「やめときな、新入り。そんなことをしても惨めなだけだ」
「あんたはまだ若い。黙っててもチャンスは巡ってくる。大人しくしておくんだ」
私は納得がいかなかった。
「なぜです? 閉じ込められてるんですよ? どうして当たり前のように受け容れているんですか?」
そう抗議の声をあげてみても、
「それがここのルールなんだよ。鳴いても喚いてもしかたねえ。無駄に体力を使うだけだぜ」
の一点張り。
ああ、なるほど。
彼らがどれだけの期間、ここにいるのかは分からない。
私と年齢が近そうな人もいれば、かなり年を召した人もいる。
彼らは諦めてしまっているんだ。
こんな真っ暗な部屋に押し込められ、気力を失っているにちがいない。
でも私はちがう。
なんとかしてここから脱出してみせる、と。
そしてそのチャンスはやってきた。
ある日、あの扉が開いたのだ。
そしてそこから巨大な何かが現れ、私の体を鷲掴みにして引っ張り出した。
やった!
外に出られるぞ!
引っ張り出される瞬間、私は振り返った。
彼らの目はさまざまだった。
私を祝福してくれているような眼差し、恨みがましい目つき、それに憐れむような視線――。
どれも好ましいものではなかった。
しかしチャンスには変わりない。
扉は外からなら開くのだ。
ならば今、外側にいる私には彼らを救いだすことができる。
私は隙を見てそうしようと思った。
だができなかった。
その何かは嵐の中、私を引きずり回したのだ。
吹きつける強風に痛みを感じて、何かが自分を思いやってくれる様子はない。
轟く雷鳴に恐怖しても、何かが自分を守ってくれる気配もない。
そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
私はまた、あの真っ黒な部屋に押し込められた。
体にロープのようなものが巻かれていてうまく動けない。
「どうだったよ? はじめての外出は?」
嫌味なのか憐みなのか、そんな言葉をかけられる。
私は何も返せなかった。
外の世界は私が思っていたものとちがっていたからだ。
鳥が歌い、草木が萌え、そよ風が優しく吹き抜ける――。
そんな世界を想像していたのに。
それからも扉はしばしば開いた。
あの何かは私を掴むことが多かったが、他の者が選ばれることもあった。
どうやら新入りであるほど選ばれる確率が高いらしい。
ここでの滞在歴が長い者はほとんど選ばれることはない。
彼らもそれに慣れきってしまっているのか、扉が開いても特に反応することはない。
今になってみればそれも分かる気がする。
たとえ外に出られたとしても太陽を拝むことはできない。
私たちは決まって雨風の強い日に引きずり出され、全濡(ずぶぬ)れになって戻ってくる。
いつしか私は外に対する興味を失っていた。
もっと明るく、穏やかな世界を見たかったのだ。
暗闇の中か、嵐の中か――。
比べて選べば前者ということになってしまう。
先輩方の感性は正しかったのだ。
・
・
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なんてことがあったな、と思いながらもこうして長老に抗議する。
それは私にまだ気概が残っている証拠だ。
見当ちがいであることは百も承知だ。
長老が扉を開けているワケでもなければ、外に出る者を選定しているワケでもない。
彼自身、もう何か月もこの部屋に閉じ込められているままなのだ。
最古参という肩書だけを持って、その屈辱に耐えているのだと思うとなんとも表現しがたい気持ちになる。
あるいはもはや悟りの境地に達しているのだろうか。
しかしそうは思って訴えずにいられないのは――。
「じゃあなんであいつだけあんな待遇を受けてるんだ。説明してくれよ」
仲間のひとりが指差した先には、先月入ってきたばかりの新人がいた。
体の線は細く、華やかな衣装を身にまとう紅一点だ。
だがちやほやされることはなく、むしろ怨嗟の的になっていた。
「私のことですの? そんな目で見ないでくださる?」
育ちがちがうのだろう、彼女の物言いは上品だがお高くとまっている印象がある。
とはいえ私たちが妬んでいるのはそうした立ち居振る舞いではない。
「私は生まれてより太陽の下を歩ける身。日陰者のあなた方と一緒にしないでいただきたいわ」
「なんだと、てめえ!」
「よさんか! 分際を弁えよと言ったばかりであろう!」
彼女が恨まれる理由――それは天気の良い日に限って選ばれることだった。
聞くところでは相当な高待遇らしい。
空は澄みわたり、人々の陽気な声が聞こえるのだとか。
おまけに選ばれる頻度も私たちの比ではなく、彼女は頻繁に外に出ては心地良い風に吹かれ、陽光を浴びて帰ってくる。
そんなワケだから季節の変化も味わえるらしい。
私たちなどは年中、雨の中だから風流な気分に浸ることもなかった。
「あなた方、私ばかりが良い想いをしていると考えているのではなくて?」
不公平に対する怒りが爆発しかけた時、彼女は呆れるように言った。
「おめでたい方たちですわ。私の苦労もしらないで」
「ふん、なにが苦労だよ。嵐の中、外に出てみろってんだ」
「なら言いますけど、あなた方は夏の焼けつくような日差しに耐えられます?」
「なんだと?」
「常に陽光に晒され、どんなに喉が渇いても1滴の水さえ飲むことを許されないのです。しかも上からも下からも熱を浴びせられるのですよ?」
「それは…………」
「聞けばあなた方は好きな時に喉の渇きを癒やすことができるそうではありませんか。私よりもよほど恵まれていますわね」
「お、オレたちだってなあ! じめじめした不快な場所を――」
「双方、やめい!」
長老が再び杖を叩きつけた。
「これで分かったであろう。わしらはただ与えられた役目を全うするのみじゃ。貴賤も不公平もここにはない」
「ですが――」
「お前たちには役割がある。それは幸せなことなのだ。わしのように務めも果たせぬ老いぼれに比べればな……」
その言葉に私たちはハッとなった。
「ずるいですよ、長老……そんな言い方……」
私たちには役割があり、それを全うするべき――。
そう言われればそれも正しいような気がする。
こんなところに押し込められた不運を嘆きもしたが、少なくとも誰からも見向きもされず、必要とされないよりかはマシなのかもしれない。
「長老、私たちは――」
その時だった。
「裏切り者だ! 裏切り者が現れたぞ!」
後ろでそんな叫び声が聞こえた。
「なんじゃと!? 何事だ!?」
裏切りとは穏やかではない。
いったい何が起こったのだろうか?
私たちは声のしたほうに集まった。
女は買い物袋を整理したあと、筒状の包みを解いた。
以前から目を付けていたお気に入りの一品だ。
今まではショーケース越しに眺めるだけだったが、こつこつと金を貯めてようやく手に入れたのだ。
ピンクを基調に小さな花柄の模様がちりばめられている。
有名なメーカーの製品だけあってデザインはもちろん、機能性も優れている。
「明日からお出かけが楽しくなりそうだわ」
女は頬ずりしたあと、晴雨兼用の傘を収納スペースに入れて扉を閉めた。
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