手の中に一等星

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ここは現実と切り離された場所。 狭く何かの事務所の様な雰囲気を持つこの部屋はどこか古ぼけた印象を与える。調度品のアンティークたちがそうさせるのだろう。 そして部屋の主は紅茶と茶菓子の用意をしていた。 窓から見える現実世界は雨。 雨の日には、誰か迷い混んで来るだろう。 それを見越しての茶菓子と紅茶なのだ。 逆回転する振り子時計が三時を知らせると、キィと事務所の扉を開く音が聞こえてきた。 今回はどんなお客さんだろうかと、少々楽しみにしていると、 「………あの」 と声をかけられた。 「少しだけ、雨宿りしても、いい…ですか?」 声の主はか細く、制服も鞄もずぶ濡れに鳴った少女から発せられていた。 「どうぞ、雨が止むまでゆっくりしていってください」 そう答えると部屋の中央に位置しているテーブルに茶菓子と暖かな紅茶を並べた。 「体が冷えたでしょう、こちらをお使いください」 とタオルを渡して、机に着くようにと手招きをする。 「……ありがとう、ございます」 そう言って紅茶をフーフーと息を吹き掛けてからズズッと啜る少女。 向かい合う席に着いてその様子を見つめ続けると、少女は視線を反らした。 「……見られるのは、ちょっと…………」 「ああ、これは申し訳ない、人間観察が好きなものでねここに来た人には興味が湧いてしまうのですよ」 「………はあ」 少女は分かったような分からないような表情を浮かべるとまた紅茶を啜る。 「お菓子はいかがです?」 「いえ…大丈夫です」 その態度に目を丸くしながら『こんなタイプの人間は始めてだと』と心の中で呟いた。 大人しい少女だが周りの部屋の中が気になるのか、瞳はキョロキョロと動いているが。 「……あの、ここって……何ですか?」 その問いに、 私の個人的な事務所です。最近はコレクション置き場になりつつありますが」 「…そう、ですか………」 とだけ言うと少女はまた紅茶を飲み始めた。けれど視線は一点に釘付けだった。 視線の先にあるのは、星の欠片を集めて固めたキューブの山だ。キラキラと光を放つそれに少女は夢中で見ていたのだった。 「……気になりますか?」 「あ、いえ…その」 そう言えば少女はうつ向いてしまう。 「差し上げますよ、ただしあなたの持っている物と交換で。あなたがこれと同等だと思えるもので交換いたしましょう、勿論お金ではなく何か物でですよ」 「同じと……思える……」 少女は鞄から何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。そこには古びたお守りがあった。 「その、祖母が作ってくれたお守りです。他の人にはがらくたですけど、私にとって大事な宝物です。それはきっとそれくらい凄い物だと思ったので……だめ、ですか?」 「それはこちらがお聞きしたい、そんな大切な物を手放してよろしいので?」 それに少女は旬順したが、小さくコクリと頷いた。 「ではお好きなのをどうぞ」 と言うと、少女はおずおずと手を伸ばして一つを手に取った。 「お一つでよろしいので?」 「…一個だから特別な気がして」 「ほほーそれは一等星ですね、その中では数個しかない珍しいものですよ」 「そう、なんですか」 そう言って少女は手の中に転がる星を夢中で眺めた。 ボーンと振り子時計が時間を知らせた、針は二時を指していた。 窓から見える景色は快晴で、雨は何処にいってしまったのだろうか? 「あの、服も乾いたのでそろそろおいとまします」 「そうですかお気をつけて、ああ、そうだ言っていませんでしたが、この部屋は時間が巻き戻るのです、この時計のように」 逆回転をする振り子時計を指差しながら。 「今頃、部屋の外は雨が降る前の時間になっているでしょう。次は雨に気をつけて、お嬢さん」 そう言って礼をすると少女は部屋の外に出た。外の時間は一時間前になっていた。 先程の扉にもう一度手をかけようとしたが、そこは壁になっていた。 手の中には小さく転がる星がしっかりと握られていた。
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