ティッシュ配りの君

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ティッシュ配りの君

「ポケットティッシュ、いりませんかぁ?」  町の喧騒の中から、たどたどしい言葉でティッシュを配る女性の声が聞こえる。  俺はその声がした方へ向かうと、その娘がティッシュを配っている人の流れに乗った。 「ティッシュ、いりませんかぁ?」  一生懸命ティッシュを配ろうとしているものの、条例で禁止されている歩きスマホをしている人ばかりで、彼女の存在はごく一部の人しか認知していない。  その、認知していると思われる人でさえ、彼女からポケットティッシュを受け取る人は、俺の見る限りごく少数であった。  国が発表した統計によれば、この国の人口は2008年にピークを迎え、以降減少を続けている。  そして、人口1億人を割り込んだ現在、生産年齢人口(働くことができるとされる年齢の人口で、15歳~64歳の人口のこと)は、ピーク時から毎年約60万人ずつ減少し続け、今はピーク時の60%程度にまで減少してしまった。  こうなってしまった理由には、さまざまな説が唱えられている。 『子どもが育てやすいインフラの整備が間に合わなかった』 『元来はしつけという形で行われていた家庭内教育が崩壊し、親になり切れない親が増え過ぎた』 『放射能や自然環境の悪化等により、生殖機能そのものが衰退してしまった』 などなど…  当初は、経済規模を縮小しない前提でさまざまな政策が行われていたものの、そうした政策は空回りを続け、人口のピークを迎えてから十数年で人手不足が深刻化。国内における労働力は減少の一途を辿ったため、外国からの労働力調達に力が注がれた。  しかし、外国からの労働力調達にも限界が訪れ、引き続きその努力も行われたものの、結局は経済規模の縮小、即ち営業時間の縮小や企業の統廃合、AIの導入という形で、人手不足を補うこととなった。  数十年前に国内で放映されていたドラマを見ると、ティッシュ配りやレジ打ち、ファミレスのウェイター/ウェイトレスといった単純労働に、外国人が携わるという姿は描かれていない。  しかし、今は… 「ティッシュ、いりませんかぁ~」  ご覧の通り、今や単純労働は外国人留学生のアルバイトの典型となった。 ”ザーーーーーー…” 「ティッシュ、いりませんかぁ~」  雨が降ってきた。  だが、その娘は傘を指すことなく、ティッシュを配り続けようとしている。 ”バサッ!”  『14:15:35 曇のち雨』  現代の天気予報の正確性と言ったら…  俺は傘をさし、彼女に近づいていく。  そして… 「ティッシュ……いりません…かぁ…」  誰も彼女のことを気にかけず、雨にも見舞われ、恐らくはノルマを与えられているであろうティッシュもほとんど減っていないという状況が惨めになったのだろう。彼女が俺にかけた声には、軽い嗚咽が混じっていた。 ”サッ”  俺は、彼女に自分が差していた傘を差しだし、天から舞い落ちる雫たちの攻撃を防いでやった。 「ありがとう。ティッシュ、ありがたくもらうよ!!」 「!!」  最初は、何も言わずキョトンとしていた彼女だったが、数秒後には状況を理解したようで… 「ありがとうございます!」 「あのぅ…もっといっぱいもらってくれませんか?私、あそこにあるのを全部配らないといけないんです…」  彼女が指差したビルの一角には、小さな子どもの背丈位ありそうな大きなダンボールが数個置かれていた。  こりゃ、彼女が可哀そうだ…  それに、彼女の言語力なら… 「それよりも…」 「………いりませんか?」 「!!!」  俺は右手で傘を持ち、左手で彼女の手を握り、足早にその場から立ち去った。  えっ!?彼女に何を言ったのかって!?  それは……… FIN
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