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私とご主人
それから何度目かの夏がきたわ。『こうぎ』からご主人が帰ってきて、私に近づいてくる。乾いた土を見ると、そっと私の葉っぱをつまんでは、弾力を優しく確かめる。
その指がなんだかくすぐったいわね。
「そろそろ水やっとくか……」
面倒くさそうに台所へと向かうご主人。なんだかジョージさんを思い出すわ。
そよ風がもれる外ではセミたちが精一杯今生きている喜びと、自分が生きていた爪痕を残そうと一生懸命に鳴いている。
私はあの夏、朦朧とした意識の中、なんだかジョージさんの泣き声が聞こえてきたような気がしたの(今思えば、きっと幻聴ね)。
だから私、心の中でたくさん、うんとたくさん、大丈夫よって答えてあげたの。泣かないで、あなたならきっと大丈夫よって。
ご主人の足音を最後に私の意識は途切れちゃったけど。
ご主人がコップに水をいれて戻ってきた。
水や環境で困ることはもうないわ。それでもやっぱり、悩みって尽きないものね。
あの夏以来、私はジョージさんに会っていないのよ。きっと、枯れがれの私のために富士山の水でも口に含んで持ってくるつもりかしら。彼、どこか抜けているところがあるから。
あと、ジョージさんが来なくなってから気づいたことがあるの。
私ったら、彼に名前を聞いておいてまだ自分の名前は教えていなっかたのよ。本当、悪いことしちゃったわ。
だからね、今度戻ってきたらきちんと教えてあげるの。
『私はエケベリア。エケベリアって言うのよ』……て。
そしたら彼が、それは名詞だろって聞いてくるから、私は名前なんてないわよって笑って、
『あなたが考えてくれるかしら』って答えるの。
彼はきっと、鼻で笑うでしょうけどね。
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