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「……は?」
呟いた声は突然後ろから煽るように走っていった突風にかき消される。
バチバチと頬に当たる髪が痛い。
苦々しく髪をかきあげ振り返ると、そこは辺り一面の草原だった。視界の果てまで緑で覆われ、名前もない草たちが青々と生い茂っている。
見上げれば晴天。
しかしどうやらそれは偽物で、天井に描かれたただの絵のようだ。あの青も白も全く動きを見せない。
なのに自分が立っている崖の向こうでは、今にも雨粒の音が聞こえてきそうなほどリアルなどす黒い雲が増殖を続けていた。
パラパラと足元から砂が溢れ落ちる音がして、思わず数歩下がる。これ以上先に行けば崖から落ちてしまう。もし落ちてしまえば最期、その先を想像するのはあまりにも容易い。真下はどこまでも真っ暗な暗闇だった。
「一体何で、俺、こんなところに」
崖からある程度距離を取った所で、ぺたりとその場に尻をつく。手に刺さる草の感触がひやりと痛くて、夢にしては妙にリアルだった。
誰でもいいから何か言って欲しかった。あと数分でもここに一人きりでいたら気が狂ってしまいそうだ。
そんなことを考えながら、崖と途方もない曇天を眺めていた、その時だった。
「おにいさん、なにしてるの?」
水をぶっかけられたような衝撃。明るくて快活で、この歪な世界には絶対に似合わない幼い声が背中から聞こえてきた。
勢いよく振り返ると、5、6歳くらいだろうか。その少年はくりくりとしたビー玉のような目をこちらに向け、小首を傾げている。艶やかな黒髪がくるりと揺れた。
返答に困っていると、少年はまた一歩距離を詰め小さな掌を差し出した。
「おにいさん、だいじょうぶ?」
「あ、あぁ……大丈夫。お前、こんな所で何を?」
「おにいさんこそ、なにしてるの?」
「俺は……、分からない。気づいたらここにいた。お前もそうなのか?親はどこだよ」
顔を上げると少年は返答することなく、仕方なさそうに右口角だけを上げ微笑んだ。
その不器用な笑い方に一瞬だけ、どこか懐かしさを感じたのだが、一体どこの記憶からそう思わされているのかまでは分からなかった。
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