偽りの色

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 僕の弟は少し変わっている。僕と十歳離れた弟は赤くないものを赤色だと言う。  両親と僕は心配して病院へと連れていった。弟の脳にも目にも異常は認められず、理由は分からなかった。両親はうなだれて何も出来なくなっていった。僕は弟が普通でないことが可哀想でならなかった。だから僕は弟に色を教えてあげることにした。  手を繋いでいろんなところへ行った。空を見た弟は、「赤!」と言った。僕は「違うよ、あれは青だ」と言った。海を見た弟は、「赤!」と言った。僕は「違うよ、あれも青だ」と言った。  山を見た弟は、「赤!」と言った。僕は「違う、あれは緑だよ」と言った。ゴミを突くカラスをを見た弟は、「赤!」と言った。僕は「違う、あれは真っ黒だろう」と言った。  こんなことをひと月以上続けた。弟には一向に変化がなかったし、両親は弟のことに触れないようになっていた。僕は何とかできないかと弟の部屋に入った。弟はベッドで昼寝をしているようだった。机には塗りかけの塗り絵が広がっていた。その横にはクレヨンと色鉛筆。赤い空に赤い山、赤い海に赤い動物。明らかにまともな色塗りが出来ていなかった。  弟とちゃんと向き合ってもらうために、僕はその塗り絵を両親に見せた。リビングにいた母親はそれを見るなり気が狂ったような声を上げて崩れ落ちた。床を見つめ独り言をブツブツ呟いている。それに気づいた父親は走り寄り、弟の塗り絵と母親を見比べた。父親は意を決したようにキッチンへと走り、右手に包丁を持って戻ってきた。まだ床を見つめる母親に謝り、包丁を母親の首に突き立てた。周りには血が飛び散り、僕の服にも付いていた。  父親は僕へと向き直り「すまない!」と言って、包丁を振り下ろした。僕は間一髪、刃を避け父親から距離をとった。父親は自暴自棄になり号泣しながら自らの首を切りその場に倒れた。母親の上に倒れ込みたくさんの血を流した。  騒ぎを聞き、昼寝から起きてきた弟がリビングの入り口に立っていた。僕は弟にどんな顔をすればいいのか分からなかった。弟はただ、両親だったものをじっと見ている。すると弟はそれを指差して、「赤!」と言った。  僕は両親のことなどどうでも良くなった。「そうだ!これは赤だ!」と、弟を褒め続けた。  刑事は首を傾げていた。うんうん唸る刑事を見て、後輩刑事は声をかけた。 「一家無理心中事件のことですか?」 「ああそうだよ、無理心中した理由が分からないんだ。この家には借金はなかったし、普通に社会で生活していたはずなんだ」  そう言うと先輩刑事はまた唸り始めた。後輩刑事は思いついたように胸ポケットから手帳を出した。 「そういえば、今日の捜査でわかったことなんですけど。どうやらあの家族は下の子を除いて全員、色盲だったそうです」 「それが何にに繋がる?」先輩刑事は眉をひそめて聞く。 「ある病院で聞いたのですが、あの家族が下の子を診てもらいに来たそうで。“海や空を赤色だと言うんだ”と。おかしな話ですよね、ずっと前から空も海も赤いのに。多分あの家族は、自分たちが見えていた頃の空や海の景色に縋ってたんですよ。だから唯一まともだった下の子も巻き込んで無理心中をしたんですよきっと」 「憶測でものを言うな」 「す、すみません。まあ今日の捜査結果は以上です。ではお疲れ様です」  後輩刑事は赤い手を振って部屋を出て行った。先輩刑事は貧乏ゆすりで赤い体を揺らしながら、赤い空を飛ぶ赤い鳥の群れを目で追った。 「こんな面倒くさい事件、真っ赤な嘘だと言ってくれ」  刑事は溜め息をつきながら呟いた。
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