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13 楽園
暑い夏の日、直樹と緋紗は家の近くにある滝壺にやってきた。こじんまりとした場所で軽い避暑地だ。優樹は部活動なので二人きりで過ごす。
「滝の水ってやっぱり冷たい」
少し泳いで緋紗はあがり草の上に腰を下ろした。寝っ転がっている直樹は緋紗のグリーンのワンピースの水着を見つめる。
「昔、着てたヒョウ柄のビキニはもうないの?」
「一応とってある。着ないけどね」
「もう着ないのか。今も似合うと思うよ」
初めてここで過ごした日を思い出していた。緋紗が直樹の悪戯を思い出し少し睨む。そんな緋紗の手を引っ張り直樹は自分の身体の上に乗せた。
「なんであんな事したの?」
「なんでだっけ?」
とぼける直樹を緋紗が呆れた顔で見つめる。
「言っても怒らない?」
「うーん」
「じゃやめた」
「もう……。じゃ怒らない」
直樹は身体を起こして緋紗を四つん這いにし腕を曲げさせた。
「このポーズが見たかったんだ。女豹のポーズって言うんだよ」
緋紗は二の句が告げられずしばらく静止したのち「それだけのために……」と大きく息をはき出した。
「今見てもいいもんだよ。セクシーだ」
直樹は笑って言い、また緋紗を抱きしめた。
いつもここに来るとエデンの園にいるような気がしてくる。
「知恵の実ってどんな味がしたのかしら」
「エデンの園の?」
「うん。林檎とか杏とか色々言われてるけど。やっぱり美味しかったのかな」
「美味しかったからアダムにも勧めたんじゃないの」
「かな。でも美味しくて勧めたんじゃないと思うの」
「じゃあなんで?」
「色々分かったことをアダムにも知って欲しかったと思うの。イブがアダムを愛している気持ちとか」
「なるほどね。無垢な関係から成熟した関係になったのかもしれないね。林檎をかじった後は」
「――直樹さんは蛇みたい」
「俺が誘惑したみたいじゃないか」
「私はそうだと思ってるんだけど」
「自分を林檎のように差し出したんじゃないのか?」
「やだ」
緋紗は成熟した蠱惑的な笑みを見せる。
「もう一本の木知ってる?」
「生命の樹?」
「そうそ。実を食べたら永遠の命が得られるらしいけど。どんな実なんだろうね」
「若い頃なら永遠の命って憧れたけど。今はそうでもないかな」
「中学生までだね」
「もしも永遠になら連理の枝がいい」
「比翼の鳥は?」
「うーん。飛びたくなくなったり、飛べなくなったりするとちょっと辛いかな」
「そんなときは一緒に休めばいいよ」
「ん」
二人でまた水の中に潜り滝の裏側に行った。少しくぼんだ洞に座り濃厚な口づけを交わしてから戻り、そして家路についた。
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