13 楽園

1/1
49人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

13 楽園

 暑い夏の日、直樹と緋紗は家の近くにある滝壺にやってきた。こじんまりとした場所で軽い避暑地だ。優樹は部活動なので二人きりで過ごす。 「滝の水ってやっぱり冷たい」  少し泳いで緋紗はあがり草の上に腰を下ろした。寝っ転がっている直樹は緋紗のグリーンのワンピースの水着を見つめる。 「昔、着てたヒョウ柄のビキニはもうないの?」 「一応とってある。着ないけどね」 「もう着ないのか。今も似合うと思うよ」  初めてここで過ごした日を思い出していた。緋紗が直樹の悪戯を思い出し少し睨む。そんな緋紗の手を引っ張り直樹は自分の身体の上に乗せた。 「なんであんな事したの?」 「なんでだっけ?」  とぼける直樹を緋紗が呆れた顔で見つめる。 「言っても怒らない?」 「うーん」 「じゃやめた」 「もう……。じゃ怒らない」  直樹は身体を起こして緋紗を四つん這いにし腕を曲げさせた。 「このポーズが見たかったんだ。女豹のポーズって言うんだよ」  緋紗は二の句が告げられずしばらく静止したのち「それだけのために……」と大きく息をはき出した。 「今見てもいいもんだよ。セクシーだ」  直樹は笑って言い、また緋紗を抱きしめた。 いつもここに来るとエデンの園にいるような気がしてくる。 「知恵の実ってどんな味がしたのかしら」 「エデンの園の?」 「うん。林檎とか杏とか色々言われてるけど。やっぱり美味しかったのかな」 「美味しかったからアダムにも勧めたんじゃないの」 「かな。でも美味しくて勧めたんじゃないと思うの」 「じゃあなんで?」 「色々分かったことをアダムにも知って欲しかったと思うの。イブがアダムを愛している気持ちとか」 「なるほどね。無垢な関係から成熟した関係になったのかもしれないね。林檎をかじった後は」 「――直樹さんは蛇みたい」 「俺が誘惑したみたいじゃないか」 「私はそうだと思ってるんだけど」 「自分を林檎のように差し出したんじゃないのか?」 「やだ」 緋紗は成熟した蠱惑的な笑みを見せる。 「もう一本の木知ってる?」 「生命の樹?」 「そうそ。実を食べたら永遠の命が得られるらしいけど。どんな実なんだろうね」 「若い頃なら永遠の命って憧れたけど。今はそうでもないかな」 「中学生までだね」 「もしも永遠になら連理の枝がいい」 「比翼の鳥は?」 「うーん。飛びたくなくなったり、飛べなくなったりするとちょっと辛いかな」 「そんなときは一緒に休めばいいよ」 「ん」  二人でまた水の中に潜り滝の裏側に行った。少しくぼんだ洞に座り濃厚な口づけを交わしてから戻り、そして家路についた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!