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In the middle of his way
気だるい情事の残滓。半ば眠りの中のような目覚め。微かな煙草の臭い。ホテルの固いベッドの上から起き上がる。
隣の女はまだ眠っている。少し黄ばんだシーツがぼかす、優美な曲線。その寝顔に燦然と艷めき、目に焼き付く、鮮烈な赤————。蛾が光に吸い寄せられるように、その赤に手を伸ばす。どうあっても触れられないと、知りながら。
女が目を覚まし、俺は宙に浮いた手を引っ込める。彼女も目を瞬かせると、緩慢な動作で身を起こし、化粧台へ向かった。
事が終わった後のこの無味乾燥な空気が、俺は嫌いだった。さっきまでとは打って変わって他人行儀なやり取りに、虚しさが一層強くなって、抜け殻の俺を打ちのめすのだ。孤独に俺を取り残し、女は淡々と乱れた化粧を落とし始める。
その様子をぼうっと見ていた俺はあることに気づいた。
下地やら、目元の化粧やらを落としているにも拘わらず、あの口元の赤は拭いさろうとしないのだ。唾液で少し褪せてはいるものの、依然強烈なその色は、俺の目を釘付けにする。
「なぁ、それ……落とさないのか?」
「えっ?」
唐突な質問に流石に戸惑ったのだろう、女はこちらに振り向く。先程より明らかに薄くなった顔とその真紅が不釣り合いだ。
「少し……色褪せているように思うのだが」
「え、あぁ、そうね」
そうは言ったものの、彼女はためらって頬を擦った。そこに手をつけることはなく、やはり他の部分を落としていく。その内落とせる部分もなくなり、女は片足を外に向けた。
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