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俺が納得した所で、男は俺に歩み寄る。切磋に身を固くした。俺はまだ裸のままだったし、彼もまた何も着ていない。そんな中ベッドに座っている所に近づかれれば、警戒するのも必然、というわけだ。いくら同好の士とはいえ、俺は男と交わる趣味はない。
しかし警戒する間でもなく、彼は俺の足元で止まり、件の口紅を俺に差し出した。
「あの…………良かったらこれ、貰っていただけませんか?」
「は……?」
……何の真似だ?
「僕にはもう、必要ないので……どうでしょう。使って、みませんか?」
おずおずと差し出されたそれは、魅惑的な香りを放ち、俺を見つめている。薔薇でもなく、血でもない、鮮烈なその色————。
「別にその、お返しとか、いりませんから」
俺が体験したことのない、危険な、その色。
「……どう、ですか?」
目を逸らしたいのに。……離せない。魅入られてしまっている。
「いや……」
言葉とは裏腹に、口紅を男の手ごと握った。恐怖か驚きか、男の体が大きく跳ねるのがはっきりとわかった。反射的に彼は手を引っ込める。
「……あ」
「あ、えっと……すみません」
気恥ずかしそうに目を逸らし、彼は俺から離れた。俺は意志と行動の不一致に戸惑っていた。突き返そうとした右手が、行き場を失っている。こんなものいらない、返すよ————なぜかそう言えなかった。黙ったまま、俺は手の中に視線を移した。
蠱惑的な赤が、しっとりと光っていた。
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