10人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「あなたの居場所はどこですか?」8
「え……、出店? しかも、二週間後、ですか」
「うん、そう。正しくは、十日後だけどね」
毎日のルーティンワークをこなしている最中。
上司から呼びつけられたと思いきや、急に出店の情報が舞い込んできた。
「十日後……」
(一週間とちょっと……。ついこの間、別の催事出店を終えたばかりなのに)
顔面からザアと血の気が引く。
上司であり出店契約などを取り付けてくる専務の言葉を聞きながら、頭の中で出店までに『やるべきことリスト』を次々と想起させていく。どんな形態で、何日間出店するのか――何よりも真っ先に聞いておかなければならないことがあった。
「常設……ですか?」
「ううん、催事よ。商業施設のイベントの一角を急に貸して貰えることになってねー。契約はこれからなんだけどぉ……準備、お願いね。ああ、あと常設出店も一ヶ月後に控えてるから、同時に準備を進めといて。情報は送っとくわね」
「は、はい……」
半ば呆然としたまま返事をする。
出店までの一週間弱。その間にやるべきこと……いや、やり遂げなければならないこと。
それら全ては既に自分の頭の中には入っている。だが、他業務と並行して出店準備をしなければならない負担に内心辟易した。
常設店と催事店。
どちらにせよ、準備を始める前に必要なこととしては、現状の確認だろう。
新規出店の準備も大事だが、まずは目前に迫っている催事だ。商業施設内での催事出店の場合、現状確認と図面の確保が最優先――なにより、インフラ関係の業者を入れる前に打ち合わせも必要になるだろう。
(なんにしても、時間がない……)
弱音を吐く時間すら勿体ない。
無駄な時間などない。
ギリっと密かに奥歯を噛み締めながら、私は上司に会釈をすると足早にデスクへと戻る。
そこから先は、出店対応に関する業務の優先度を上げ、ただひたすら先方の担当者と出店までの話を詰めていった。
「シーオ先輩」
催事出店をするエリアの図面と睨めっこをしていた時だった。斜め上から声をかけられたことに遅れて見上げると、そこには工藤さんが立っていた。
「工藤、さん……?」
「何回か声をかけたんだけど、凄い集中力ねぇ」
「え? あっ! ……す、すみません」
「ううん、気にしないで。それより――」
チラリと工藤さんが私のデスク脇を見ていた。
そこには未開封のゼリー飲料が置いてある。
「シオ先輩、今日もゼリーとかなの?それじゃあ身体に悪いわよ。……ね、一緒にご飯行こ。この間、美味しいパスタ屋さん見つけたの」
昼休憩のチャイムが鳴るや否や、食事に誘ってくれた彼女を無下にもできず、私は一緒に会社近くの飲食店に来ていた。
(思えば、外に食べに出たのも久々かも……)
店内は昼時というのもあり混雑していたが、意外にも店の一番奥の席にすんなりと座ることができた。
「私、ランチのお勧めパスタを」
「じゃあ……私はドリアにします」
メニューを開いて早々に、食べたい物を注文する。
(久々に、きちんとしたご飯だなぁ)
ランチが出てくるのを待つ間、冷水に口付けながら日頃の食生活を思い出す。最近の食事といえば、ゼリー飲料や固形栄養食。ろくにご飯らしいご飯は食べずに仕事をし続けていたように思う。
少しだけ肩の力が抜けるような感覚に、ほうと小さく吐息を零した。すると、
「あ、少し表情が柔らかくなった」
「え……?」
不意をついたそんな言葉に、思わず目を瞬かせた。
「なぁんか、眉間に皺寄せてたから仕事のことでも考えてたのかなぁって。今の時間くらい、少し息抜きできそう?」
「え、ええ。まあ……久々のきちんとしたご飯ですから。でも、私ってそんなに眉間に皺寄せてます?」
「うん、だいたいは」
繕うことなく、はっきりと口にされる。
(普段の私は、いったいどれだけ渋い顔をしているんだ……)
内心、複雑な気持ちになってしまう。
最初のコメントを投稿しよう!