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「あなたの居場所はどこですか?」5
「……猫?」
思わず月から目線を外すと、キョロキョロと辺りを見回す。
街灯の側、民家の塀、生け垣など色々な場所を見ていったが、鳴き声の主は見当たらない。
「気のせい、かな」
「ニャオン」
呟いた独り言に対して、まるで『ここにいる』と主張するかのような返事があった。
「あっ、なんだ。そこにいたの?」
自分の足下に一匹の猫がいた。
全身が墨のように真っ黒い、フカフカとした長毛種。
夜闇に溶け込めるような身体とは対照的に、瞳はまん丸な黄金色で爛々と輝いている。
品種は判らないけれど、きっと外国の血をひく猫のようだと思った。
「なんだかゴージャスな見た目ねぇ。ねぇ、あなたが返事をしてくれたの?」
答えるはずがないと思いつつ、やや身を屈めながら私は名もなき黒猫に話しかけた。すると、
「ニャオ」
短いながらも鳴き声が。
「……」
思わず目を瞬かせながら、フカフカの毛玉を指先でそっと撫でた。
ゴロゴロとした重低音が喉元から聞こえてくる。その音を聞いていると、何故だか疲れも吹っ飛ぶような気がした。
「迷子、ワケないか。ここらへんのボス猫かしら。大きいし、強そうだもんね」
「ニャオン」
「なによ、お腹でも空いてるの? あげられる物なんて何も……あ!」
ふと、夜食用に買っておいたサラダチキンを袋から引っ張り出す。それを小さく一口大に裂いて口元に近づけると、黒猫はスンと鼻を鳴らしてから食べ始めた。
「かわいい」
思わず表情が綻ぶ。
疲れてひん曲がっていた顔の筋肉が、一気に解されていくような感覚を感じながら、私は優しく黒猫を撫でた。喉を鳴らしてくれてるから、多分嫌われてはいないだろう。逃げる素振りもない。
ひとしきり気の済むまでアニマルセラピーを受けた私は、ようやく重い腰を上げて立ち上がった。
夜は何かと物騒だ。それに明日も早い。
「またね」
「ニャウン」
小さく手を振り、私は自分の家の方角へと足を向けた。
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