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ゾンビ化した小型犬の肩身の狭さについて
「ゾンビ犬」と聞いて何を想像しましたか?
きっとあなたが思い浮かべたのは、「肉が抉れて骨が露出している大型犬」でしょう。大型犬。それもシェパードとか。すらりとして、それでいて筋肉質な肉体。警察犬としても活動している彼らの理性が崩壊して凶暴さだけが剥き出しになった表情。垂れる唾液。淀んだ眼光。
怖すぎ。クリス・レッドフィールドを脅かすに相応しい存在。そして、窓を割って入ってくる時のビックリ感がポピュラーな印象だが、私は小学生のころ初めて初代バイオハザードのリメイク版をプレイし、「外に出ればいいじゃん」と元も子もないことを思い、洋館の扉を開けた瞬間にゾンビ犬に食い殺された経験がある。結果的には、恐怖の対象と化している。
バイオハザードのイメージが、強い。有名タイトルが植え付けた洗脳か。これがメンタリズムなのだろうか。いや、必然だったのだ。
恐怖を得るという目的を鑑みた結果、屈強な犬が採用された。それだけだった。シェパードはゾンビ化していなくても怖い。真っ向から戦ったら勝てない自信がある。道端を歩いていてすれ違う大型犬は、どれも自分よりもよっぽど利口そうな顔をしている。「アイ・アム・レジェンド」でも、ウィルスミスの相方はシェパード以外考えられない。
彼ら大型犬は、ゾンビ作品に最適だ。
トイ・プードルはどうだ。本能的な母性を刺激する見た目をしているトイ・プードルは。顔の中心に集まっているパーツ。その全てが愛らしい。潤んだ黒目がちな瞳。常に無邪気な笑みを湛えたかのような表情。ふさふさと生えてカールした毛が、ぬいぐるみのような体の愛しさを強調している。
しかし、そんな可愛さの権化も、きっとあの世界ではゾンビになっているはずなのだ。日本で人気の犬種ランキング上位に、常に食い込んでいるトイ・プードル。ゾンビによる終末が訪れれば、日本の住宅街はチワワやポメラニアン、ダックスフント、トイ・プードル、それら小型犬たちのゾンビでごった返すはずなのだ。
けれど、私がもし小型犬の立場でゾンビウイルスに感染したときには罪悪感すらも抱くだろう。「シェパード的なかっこいいやつじゃなくてすいません」と。自分がシェパードなら堂々と主人公たちに対峙できたのに、という劣等感にも苛まれることになる。
肩身が狭い。「ゾンビ犬」という表記上、それが大型犬なのか小型犬なのかは明記されていないにも関わらず、人々は大型犬を連想する。当然の如くのさばるマイノリティにマジョリティが殺されているのに、黙っていていいわけがない。
ゾンビ小型犬を推したい。もっと言うと、小型犬たちが理性を失って人を襲う様が、見たい。
すいません。つい人間に対する憎しみが出てしまいました。
でも見たくないですか?
小型犬が人間を食い殺す様を。
片腹が抉れて肋骨が露出し、涎を垂らしながら襲いかかる小型犬を。
第一として、小型犬は素早さに長けている。パワーはシェパードに負けるとしても、私たちが作ったバリケードを破る力こそないものの、その小さな体を駆使して隙間から入り込んでくる。所詮は素人が作ったバリケードだ。落ちていたベニア板なんかを乱雑に組み合わせただけの。
そして、入り込んできた後には私たちと対峙するのだ。暗い廊下を、懐中電灯片手に歩いている。自分と仲間の靴音だけが響く。そこに、ひとつの声が響く。
「クゥ~ン……」
腰を低くして警戒する。仲間たちが振る懐中電灯の光が飛び交い、ある瞬間に捉えるのだ。そう、一匹のポメラニアンを。
「なんだ、犬か。驚かせるなよ」
リーダー的な立場でもある黒いピチピチのタンクトップを着た、銀のドッグタグを首から下げた屈強な男性が言う。
「あら。可愛いワンちゃんね」
鎖骨に届くほどの長さの金髪に赤い口紅、凛々しい眉。必要以上に胸元を露出した女が揶揄う。のちに彼女は私に対して、「私、怖いの……」と言いながら言い寄ってくる。そして仲間グループの男性全員を誘惑していたのが発覚し、そのことにキレたモテない男が発狂して仲間割れの原因のひとつになるのだが、それはまた別の話。
ポメラニアンが近付いてくる。チャッチャッと、爪が硬い地面を捉える音を奏でながら。
チャッチャッチャッ……ハッハッ……クゥ~ン……。
向かってくる小型犬を光が捉え続ける。
「迷子、なのかな?」
薄茶色のふわっとした柔らかい髪が似合う女性がその場にしゃがみこんで手を差し伸べる。ラストシーンで私はビルの屋上に追い詰められ、自分を犠牲にして救出に来た軍のヘリに彼女を乗せ、自身はゾンビに押されてビルから堕落する。そういうのがやりたい。(失礼しました。「やりたい」の話になってしまいました。これは起こりうる現実の話なのに。)
そこで私は気付く。
「離れろ!」
そう叫んだ瞬間、高くジャンプして襲いかかってくるポメラニアン。
「くそっ、こいつも感染してたってのか!」
タンクトップ男が噛まれた肩を抑えながら崩れ落ちる。
駆け回るポメラニアン。散歩中にリードに繋がれているのを気にもとめず、体をできる限り斜めにしながら先を行こうとするあの時の勢いで駆け回る。
バンバンバン!
バキュン!
私は銃を放つが、その小さな体に銃弾を打ち込むのは至難の技だ。懐中電灯の光で姿を捉えることすらままならない。
そう、小型犬は基本的に視界に入らない。足元にいるから。しかも理性を失って機動力も噛み付く力も飛躍している。
「キャンキャンキャン!」
仲間が、次々と足首を噛まれていく。口の周りの毛が、血液で固まったポメラニアンによって殺されていく。
その後なんだかんだあって、私はポメラニアンを追い詰めることに成功する。動きを封じることがゾンビ小型犬を倒すのには不可欠だと思う。
「よくも仲間を……!」
仲間を奪われた憎悪。怒りをこめるかのように、ベレッタのマグチェンジをする。空の弾倉が無造作に落ち、カシャン、という音が暗闇の中に響き渡る。熱を帯びてくる涙腺を抑えながら、デコッキングレバーを引き、ポメラニアンの狭い額に突きつける。
トリガーに指をかけ、引こうとした瞬間――。
「ク、クゥ~ン……」
「か、かわい~」
私は噛まれた。
ポメラニアンのつける噛み傷、ちっちぇ~。
YOU DIED……。
この先、ゾンビ犬の出てくる作品を見ることがあれば、ゾンビ小型犬の存在を想像して欲しい。もしゾンビ犬が出てくる作品を作ることがあれば、ぜひゾンビ小型犬を出演させて欲しい。そして、そういう世界線も存在するということを想うことが、きっとゾンビ小型犬たちの弔いになるだろう。
可愛いは最大の武器。
それでは次回、「ゾンビ化した文鳥の肩身の狭さについて」でお会いしましょう。
……日記はここで終わっている。
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