不思議と潰れない本屋のからくりミステリー

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 一年前のこと、文夏は就職活動の真っ最中であった。無個性な漆黒のリクルートスーツにナチュラルメイクのいかにも就活中の学生ままの姿で毎日企業の入社試験を受けていた。 世は売り手市場とは言われるが一体どこの平行世界(パラレルワールド)の話なんだと言いたくなるぐらいに文夏は企業の選考に選ばれることはなかった。連日のお祈りメールにお祈り申し上げますの手紙を紙吹雪よろしくゴミ箱に捨てるのにもうんざりしていた。  実を言うと就活序盤は内定の快進撃であった。悪い言い方をすればいずれも面接の練習のつもりで受けた全然興味のない業界相手である。文夏にとっては面接の練習のつもりで受けた歯牙にもかけない会社ではあったが他の誰かにとっては死ぬほど入りたい会社だったかもしれない。そのことを一切考えずに辞退を繰り返し、いざ本命の会社の入社試験に臨んでみれば不合格の連発。会社に内定を貰うということの重大さを舐めていた天罰でも下ったのだろう。  文夏がいくつも会社に落ちて苦しむ中、大学の同期はどんどん本命の会社に内定を貰っていく。焦りを覚えた文夏はそれから幾つも入社試験を受けるが就活の神様は完全に見放したのか内定を与えてくれない。 「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるって大嘘じゃない」 大学四年生の春からずっと始めていた就活だが、文夏は大学を卒業するまでに一社も内定を貰うことが出来なかった。周りの友人も気を遣い「就職浪人だと思えば」とか「第二新卒みたいなもんだよ」と慰めの言葉を並べるが慰めにもならない。 持たざる者の苦しみは持てる者には分からない。 両親にも相談してみたが、両親とも公務員であったためにほぼ就活らしいことはしておらずにアテに出来る存在ではなかった。 そんな中、文夏は本屋を経営する祖母の有鹿の元に遊びに行くことになった。昔から文夏は何か困ったことがあれば祖母の有鹿に相談するぐらいのお婆ちゃんっ子であった。今回は就活が忙しい上に結果も芳しくなかったために中々有鹿の元に行くことが出来ずに足が遠のいていた。 文夏は有鹿の経営する本屋のカウンターを挟んで話をする。文夏は店の営業中に私語を交わすのは良くないとは思ったが、有鹿が「別にええんよう」と言うのでそのまま話をすることにした。 「文夏ちゃん、よお来たねぇ」 「久しぶり。お婆ちゃん、顔見に来たよ」 「孫の顔見れて嬉しいよぉ」 「ははは」 「文夏ちゃん今年就活やったんやろ? どこの会社に決まったん?」 来た…… それを言われると返す刀もない。今日はその件も含めて相談に来たことを言うことにした。 「実はまだどこも……」 「ああ、そうかい。どこの会社も見る目がないねぇ。文夏ちゃんのええところがわからんなんて」 「あたしの力不足なだけだよぉ……」 「どうしようねぇ…… お婆ちゃんが一緒に拝んで上げたいぐらいだよ。文夏ちゃんのためなら面接官だって閻魔様だって何だって拝み倒してやるよ」 「何もそこまで」 「そやねぇ。だったらここで働いちゃうかい? あたしも先が長くないからねぇ」
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