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不思議と潰れない本屋のからくりミステリー
「退屈で死にそう……」
本屋のカウンターで座る23歳の女性、高嶺文夏(たかね あやか)は思わずこう呟いた。
しかし、彼女の呟きを聞くものは店内にはいない。
店内はBGMも流されずにただただ店舗前を通る自動車と、近所の駅から聞こえてくる電車の音と駅の構内アナウンスを環境音にしたものしか聞こえてこない。後は近所に新しく出来るパチンコ屋の工事の音ぐらいだろうか。
てらりらりらりら♪ てらりらりらりら♪
客が一人重いガラス戸を開けて店内に入ってきた。客は好々爺の老人一人である。
老人は腰を曲げて杖をついた重い足取りでよろよろと文芸書コーナーへと向かう。
老人は文芸書コーナーにて何やらきょろきょろとして首を動かしている。何か本でも探しているのだろうかと文夏は気にするがカウンターから動くことはない。店員の方から声をかけるなんて洒落たブティックか場末のスーパー二階にあるような衣類品売り場ぐらいでしか経験がない。もし、本屋で「あの、何かお探しでしょうか?」と声をかけられたら心底鬱陶しい。それを分かっている文夏は本屋の店員になって以降自分から客に声をかけることはなかった。
老人は手を伸ばして一冊の本を手に取る。もう版も三桁に入っているぐらいの昭和の文豪の作品である。著作権もとうの昔に切れておりインターネット上であれば全文無料で公開している程の作品であった。
老人はよろよろとしながら本を持ってカウンターに向かってくる。文夏は退屈でだらんとしていた体をシャキっと立て直して老人がカウンターに本を置くのを待つ。
「いらっしゃいませ」
普通の店の「いらっしゃいませ」と違って落ち着いた「いらっしゃいませ」だった。仮に本屋で意識の高いラーメン屋や電気店のような元気のいい「いらっしゃいませー!(らっしゃーせー)」だったら物凄い嫌なものである。
「これ、下さい」
文夏は本の背にバーコードスキャナーを通した。その下には本体390円とだけ書かれている。消費税導入前から置かれている本であった。今の本であれば本体+税と書かれているはずなのにそれがない。それは古い本であることの証左であった。
「421円になります」
老人は顎を外したように驚いた。そしてポケットからがま口の財布を出して中をみるが400円しか入っていない。
「なんじゃ。ここに本体価格390円と書いてあるだろう」
「申し訳ありません。消費税分が……」
「本に390円と書かれておるのにのう」
老人は恨めしそうな目で文夏を眺めた。文夏を恨んでも仕方ない、恨むなら自動的に消費税分を加算したレジスターを恨んでもらおう、いや、消費税を決めた政治家たちかもしれない。
老人はそのまま棚に本を戻そうとした。文夏はそれを慌てて引き止める。
「こちらで戻しておきますので」
老人は一礼もせずに店から出て行った。ああ、今日はじめてのお客さんだったのにな…… 文夏は落胆しながら再びカウンターの椅子に腰掛けた。
結局、その日の客はその老人一人でそれ以降客は来ることはなかった。駅前な上に周りに小中高大と学校が揃っている最高の立地のはずなのにどうして客が来ないのだろうかと文夏は不思議がるが来ないものは仕方ない。
売上はゼロにも関わらず伝票整理をしてその日の業務は終わった。
業務を終えた文夏はそのまま店の奥の階段を登り一人の老婆がいる部屋の襖を開けた。
「ただいま。お婆ちゃん」
「おかえり、文夏ちゃん。今日はどうだったね?」
老婆は文夏の祖母で有鹿(ありか)この書店の店長である。
「駄目。今日も暇だった」
「そうかいそうかい」
「そうかいそうかいって…… こんなに毎日暇でいいの? 潰れちゃうよ」
「ええんじゃよ。文夏ちゃんにちゃあんとお給金だって上げられるし問題ないじゃろ?」
文夏の給料は28万円である。文夏の年齢で貰う給料としては破格の額である。
「けどさぁ…… 毎日あんな感じでこんなにお給料貰って悪いよ」
「ええんじゃよ。これだけうちが儲かっとるってことじゃから」
「儲かってるんだ…… うち……」
文夏は苦笑いをした。何故に客も来ない場末の本屋が利益を上げることが出来るのか。
文夏がこの本屋の店員になる経緯と共に説明しよう。
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