『かさあさん』(お父さん、のリズムで)

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私を含む世間一般の恋する乙女がそうであるように、恋をした人間は想いの丈が炸裂して暴発して木っ端みじんになるようにできているらしくて、寝る前に好きな人の事を考えすぎて二、三時間平気で経っているだとか、意味もわからないほど早朝に眼が覚めるだとか、何とか話題を見つけ出そうとして空回りするだとか情報だけ集めすぎてもはや相手より相手の事を知っている生き字引状態になるだとか妄想では会話をしすぎてもはや脳内では週六で連絡を取り合う仲になっているだとかをよく聞く。 私はそこまで追いつめられたり妄想では婚約状態まで進んでる訳ではない。 非常に冷静沈着な乙女であると言うことを自負しているし、なんなら相手に彼女がいるかも知らないし、ネクタイの色から私より一学年上の他校の生徒だと言うこととかしか分からないしとにかく顔が良くて顔の造形が良くて背が高くていつも私と同じ時間帯の電車に乗って同じ駅で降りて私の通う高校のすぐ近くの別の高校の男子生徒と言うことしか分からないし高校が近いから歩く姿を見ていられるだけで詳しいことは分からない。 だから恋が始まるきっかけを見つけ出す方法が無いから妄想の進めようがないしつまり全然大丈夫そんなにジロジロ見てる訳じゃないしセーフセーフ、と思っていたら大変な事件がおきた。 私は仕方なく自分と同じ進行方向のとにかく顔がいい他校の先輩の姿を見ていたら、先輩は、急な雨に対し鞄から折り畳み傘を出した。 その傘は柄の部分が木で出来ていて、そこがワニと錦鯉が彫りこまれている世界一独特な持ち手の折り畳み傘だったので私は雷に打たれたような衝撃を受けて自分の普通の持ち手の赤いチェックの傘を投げ捨てて一度時を止めワープし家に帰ってまたこの場に戻って来たいと切実に願ってしまった。 あの傘、うちにも同じやつがある。
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