美術室の異界門

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 私の中学に、 「美術室に、異世界へ続く扉があるらしい」 という噂があった。  深夜、美術室に忽然と、イーゼルに架かった真っ赤な絵が現れる。  その絵の表面を刃物で切り裂くと、中には別の空間が広がっていると言う。  少し前にこの噂を確かめようとした三年生の女子が一人、異世界へ行ったまま帰って来ない、というのは私たちの間では有名な話だった。  その三年生は中学生ながらに見た目がとても美しく、美術部のモデルとしても重宝されていた人気者だったらしい。  実際に家族が捜索願も出しているけれど、まだ家に帰ってきたという話は聞かない。  そんな、何かと目立つ人の失踪が絡み、噂は都市伝説と化して急速に広まっていった。  彼女のクラスから三年生全体へ。  三年生から二年生、一年生へ。  更に、小学校や高校へ。  異常な早さで広まる噂に、三年生たちも驚いていた。 ■  ある日の夜、級友のアスカと私は並んで塾からの帰途についていた。  アスカとは特別仲良くはなく、むしろ互いに少し苦手にしていたのだけど、塾が同じだった為、一緒に帰ることは時折あった。  雲ひとつない夜道を行き、やがて中学校の前を通り掛ると、アスカが話しかけてきた。 「ねえ」 「……何?」 「美術室の噂、試してみない? 今から行ってみようよ」  人に嫌とは言えない私の性格を知っている為、彼女はそれで決定したとばかりに、ひらりと校門を乗り越えた。  ため息をつきながら私も続く。  宿直の先生に出くわさないよう気を付けながら校舎の中を歩くと、人気のない夜の学校というのは、思った以上に気味が悪い。  濃厚な青味に満ちた、静かすぎる廊下で、アスカが言った。 「異世界って、どんなのかね」 「分からないよ。行ったら帰って来られないみたいだし」 「向こうが凄くいい所で、帰りたくないのかもよ」 「そんな都合のいいこと、あるかな……」  足音を消しながら、私たちは進んだ。  校舎の外に植えられた木の陰が、夜の廊下の青に一層濃い闇を落としている中、またアスカが口を開く。 「絵の中の別空間ての、自分のタイミングで入れればいいけど、無理矢理引きずり込まれたりしたら、やだね。海の渦潮みたいに、グルグルー、とか」 「……二人いれば大丈夫じゃないかな」 「そうとは限らないでしょ。例の美人の三年生だって、二人で絵を見に行ったらしいから」  ……。  初耳だ。
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