19人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
俺が十歳の時に母さんが亡くなった。父親は知らずに、話しにも出なかった十年間。決して裕福ではなかったけれど、辛いとか抜け出したいなんて考えたことはなかった。
母さんが遺してくれたのは、炊事洗濯、生活に困らないような常識とわずかばかりの貯金。子供心に『これは無駄に使ってはならないな』と思ったのを覚えている。
そして。
ある言葉。
『全て、譲られり』
何を譲られるのか。
訊ねたけれど曖昧に微笑んだだけだった。
『それをいつか迎えに来る、母さんの妹に告げなさい』
それが遺言でもあったのだと思う。だが詳しく訊くこともなく、母さんが亡くなるその日まで過ごした。
その日は訪れて、でも、『母の妹』は訪れることはなかった。
母が亡くなって少しすると、『母の妹』ではなく『施設の者です』と名乗る、見知らぬ女性たちが俺を引き取りに来た。正直、警戒しなかったわけではない。けれど『生活が楽になるのならば』と、受け入れた。
冷めた子供だった。
素直にそう言える。
母さんがいなくなり、それは更に増したと思う。
不思議だったのは、『施設』と言っていたはずなのに子供は俺だけだったこと。それでも気にするのをやめた。身近には同年代の人間はいなかったが、『普通』に暮らしていた。………周りが女性だけだったのは、もしかしたら異常なのかも知れないけど。
最初のコメントを投稿しよう!