19人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
ふと右手にしているアナログの時計を見てみると、もう十時になろうとしている。ちなみに俺は左利きだから右手に着けている。
「あの子?」
「はい。もう少しかかりますから何かお飲みになって、ゆっくりなさってください」
「!」
突如、真っ暗になった。
元々スモークの貼られた車内だったけど、そういう暗さではない。時折、オレンジの光が等間隔に差し込むそこは。
―――トンネルだった。
「……トンネル?街の、外か………?」
「はい。このままずっと、抜けたらすぐに見えますわ」
―――――街の、外。
ゴウゴウと特殊な風音や段差を感じながら、
二十歳にして、生まれて初めてトンネルをくぐり、
山を越えて、
街を出た。
「ぁ…………海………?」
窓越し、黒くスモークが貼られているにも拘らず、キラキラキラキラ反射する光が瞳に刺さる。
「淳真様は、海、初めてご覧に?」
「……海も………そもそも、街を出たのが初めてだ…………」
そう。育ったあの街から一歩も出たことがなかった。母さんが亡くなって『施設』に引越しをしたけれど同じ街の中だし。
今のマンションだってそうだ。
遠足、修学旅行、ありとあらゆる『遠方に出向く行事』には、酷い体調不良にみまわれて参加出来た事がなかった。
だから。
―――――少し、怖い。
知らない女が隣にいて、知らない運転手の運転する知らない車。そして知らない景色が、周りを包む。母さんに似ているといっても母さんではない。
気付かないうちに、ドアノブをガチャガチャと開ける動作を繰り返していた。
「大丈夫ですわ。私たちは貴方の味方」
いつの間に間合いを詰めたのか、そっと手を取られた。妖艶に微笑むこの人の手には、ミネラルウォーターの入ったワイングラス。
「ぇ…………ぁ………」
流れるような動作で渡され、受け取り一口、口にする。
緊張からか喉が乾いていたようで、残りを一気にあおった。
最初のコメントを投稿しよう!