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赤いマナコ
彼は、子供の頃から愛でてやまないペットの赤いナマコ…赤子ちゃんを飼っていた…。いや、ペットでも食用でもなく、家族の一員のような存在であった…。
「最近、ぼくに、喋りかけてくれるようになったんだ!」
そんなわけがないのに、彼は日常的に不可解な言語での会話を楽しんでいた…。
ある日、彼の自宅に泥棒が入った。
彼の家は無惨にも荒らされ、金銭的に価値のあるものは全て盗られていた…。
何を盗まれたのか…犯人は誰なのか?
そんなことは、彼にとって二の次であった。
割られた水槽…そこに赤子の姿はなかった…。
彼は悲しみのどん底に突き落とされた…。
…しばらくして、犯人は捕まった…。
彼は狂ったように問いただす!
「赤子をどこにやったんだ!返せ!」
「ヒィィ…そ、そんな、な、ナマコなんか盗むわけないだろうが!」
…彼は家の中や近所を探しに探しまくった…。
赤子が車に引かれていないか…誰かに棒切れでイジメられてないか…心配過ぎて今にも発狂しそうだった…。
………そして、必死な捜索努力は実った…!
彼はようやく、手がかりを掴んだ…海の近くのレストランで赤子を拾ったと話していたシェフの存在に…。
何も喉を通らなかった日々に…彼はひどく衰弱していたが、…無我夢中で駆け出した…!
カランカラン…。
「はぁはぁ…。あ、赤子はどこに?」
「あぁ…あなたですか、そんな痩せ細って…まずは温かいスープでもお飲みなさい!今完成したばかりの新作です。」
彼は、そのシェフの笑顔で、一挙に安堵感が押し寄せ…咄嗟に出されたスープを一口飲んだ…
なんだか、懐かしい薫りがする…。
「特製レッドナマコスープのお味はどうだい?」
「えっ…」
「生活苦が理由なのか知らないけど、こんな可愛らしいベイビーちゃんを捨てたらいけない!責任をもって、育ててあげるんだよ!父親なんだから!気が変わってくれて、良かったよ…本当に。」
「えっ…赤子…赤ちゃん…ベイビー……。」
彼は咄嗟に奥を見ると、柔らかそうな毛布にくるまれた可愛らしい赤ちゃんが、楽しそうに笑っていた…。
「ベイビーちゃんの傍に、珍しい赤いナマコを発見したんだよ。赤子の隣に赤ナマコ…なんだか運命を感じたよ。調べたら食用でいけるナマコだったから、調理して、この子の父親に食べさせてやりたかったんだ…。親子の赤い絆を思い出してもらうためにも…。」
彼は訳が分からなかった…。
そして、何か大切なものを失ったことを
口の中で反射的に理解した…。
彼は、握りしめていた赤子の写真を震える手でテーブルに置き、フラフラとレストランを出ていった…。スープのお皿を片手に…。
「ど、どうしましたか?お父さ…こ、これは?…そんな、そういうことか…!」
シェフは理解した。
外に出て…
「これは大切な写真じゃないのかーい!おーい!」
…彼はスープをこぼしながら、猛スピードで走り去っていった…涙も一緒にこぼしながら…。
……翌日……
彼は水槽の中で、顔面蒼白しきった…自殺体として見つかった…。
胃袋の中には大量の洗浄液が見つかり…部屋の床にはおびただしい嘔吐物が散乱していた…。
彼の眼はまるで、赤いナマコを吸収し
たように陥没しており、深みある赤一色で満たされていた…。
【完】
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